[第11回高校生直木賞レポート]語るべきことの決して尽きない議論の中で

高校生直木賞

高校生直木賞

[第11回高校生直木賞レポート]語るべきことの決して尽きない議論の中で

文: 伊藤 氏貴 (明治大学文学部教授・高校生直木賞実行委員会代表)

第11回高校生直木賞候補作

 北海道から鹿児島までの46校を迎えて、11回目となる高校生直木賞が決まった。

 参加校数は、第一回のわずか4校から、回を重ねるごとに着実に増えつづけており、少しずつ認知度は上がっていると思われるが、念のため断っておけば、「高校生直木賞」とは、一年分の直木賞の候補作から、高校生たちが議論をして自分たちなりの一作を受賞作として決定するものである。高校生の書いた作品に与えられるものではない。

 選考の過程は次のとおり。まず、全参加校が3つの班に分かれて地方予選を行う。地方予選には各校から代表生徒一名が参加し、各班ごとの推薦作を決め、さらに互選によって全国大会に出場する学校を決める。

 ここまでの過程でどれほどの時間が費やされたことだろう。決して薄くはない候補5作をすべて読み、それぞれの学校で何時間もかけて議論した上で地方予選に臨み、全国の生徒と3時間を超える議論を重ねていく。

 そして、代表19校がつどう全国大会が、5月の日曜日、文藝春秋社にて開かれた。既に何度も読み返し、論じ尽くしたはずの作品たちを前に、代表の生徒たちはそれでもまだ語るべきことをふんだんに持っていた。時間の制約がなければ、いつまでも語り合っていたに違いないと思われるほどの熱量だった。

熱気に包まれた全国大会

 今回は、第169、170回の直木賞候補作から、河﨑秋子『ともぐい』、嶋津輝『襷がけの二人』、永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』、万城目学『八月の御所グラウンド』、宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』がノミネートされた。

 以下にこの5作をめぐる議論の抜粋をお届けする。ごくごく一部ではあるが、それでも彼らがどれほど真剣に作品に迫ろうとしているかがわかるだろう。

万城目学『八月の御所グラウンド』

『八月の御所グラウンド』(万城目 学)

・人間の生きることへの固執、何かに必死に取り組もうとしている姿を全国の高校生に読んでもらいたい。

・部活動をしている高校生は多く、自分たちと近い現代的な話である点も共感しやすかった。

・読めば読むほど深みが感じられ、議論が進むごとに評価が上がった。少ない描写から想像が膨らむ文章がよい。

・今も昔も「野球をしたい」という青年の思いに心が温まる。大人になって読み返すと、自分の高校生当時のことを思い返してまた違う発見がありそうだ。

・自分の学校では野球用語がわかりにくいという意見があった。

・いや、自分の知識不足を作品評価に押し付けるのはどうか。

・大衆性という面から見れば、野球の知識を出さない描き方もあったのでは。

・本を読む楽しさの一つに新しい学びが得られることがあげられる。この作品は、わからない言葉でもわかるように書かれている。その工夫を評価すべきだ。

・知っている人にだけわかる面白さというものもある。人によって違う感想が出るところによさがある。

議論は尽きない

・京都の日常のリアリティ+幽霊のファンタジーの配合の案配が楽しい。

・「高校生直木賞」は、高校生にぜひ読んでほしい本を選ぶ賞である。戦前や戦中を描く話よりも部活や大学生の話のほうが高校生全員が手にとりやすい。

・他のノミネート作が重厚な中で、単純明快で素直に面白いと思える。

・戦争というシリアスなテーマも関わってくる本書において、主人公の語りの軽さがちょうどよかった。個性的な人物が多く出てきて、もう一度読みたくなる。

・新選組が出てくる意味はなんだろう。

・主人公の「坂東(さかとう)」という名前は、新選組がもともと坂東(ばんどう)から来た武士であったことにちなんでいるのでは。調べたところ、陸上大会の応援ポイントに出てくる烏丸通、紫明通、堀川通、北大路通などの通りはいずれも新選組とゆかりがある。主人公がレース前に道を一つ一つ確認しているが、その行為が新選組の思いと繋がったのではないか。

嶋津輝『襷がけの二人』

『襷がけの二人』(嶋津 輝)

・候補作中もっとも長かったが、この長編を読み通し、主人公の人生を追いかけ、最後の最後のことばに触れたときの感動は忘れられない。二人の関係性がすてきで、「恋愛」でも「家族」でもないけれども、それでよいと思える。最近は何にでも名前を付けたがるが、こうした名前のない関係でも「大丈夫なのだ」と思わされた。

・戦争を挟んであらゆる状況がめまぐるしく変わる中、変わらない関係がある。たった一人でも大事な人がいれば、何が起きても、時代が変わっても大丈夫。自分もこれから先、小学校時代の友だちでもなんでも、変わらない関係性があれば強く生きられると思った。性に関する描写もあり戸惑ったが、高校生なら何とか理解できる。むしろ私たちの年齢で、この本を読んで噛み砕く意味がある。

・たしかに人間関係の描写が巧みだが、時代背景などの予備知識が必要で、高校生には薦めがたいのではないか。

手には読み込んできた『襷がけの二人』が

・「高校生直木賞」が普段あまり本を読まない高校生に本を手に取ってもらうためのものだとすると、謎が少しずつ明らかになるこの本は、厚さにもかかわらずサクサク読めるのでよい。ただ、身も心も男性の自分にとっては共感しづらい部分があり、万人には薦めがたい。

・自分は6年間男子校で、共感と言われると難しいところもある。だが、共感できるかどうかだけが小説の魅力ではない。自分たちは描かれている人間性に着目した。困っている人に何かしてあげたい、という気持ちに性差は関係ない。自分たちは男だけの環境だから、男にしかわからない悩みもある、という形の裏返しで、『襷がけ』に納得はしないものの理解はできた。

・高校生に薦めにくいという意見が出たが、「高校生直木賞受賞作だから読む」という高校生がどれくらいいるのか。

・本に興味のない人は、そもそも「高校生直木賞」など知らない。それよりも「直木賞的」な作品、つまり「高校生の考える大衆性」をもっとも備えている作品を選ぶべきだ。

・ふだん本を読まない高校生が手に取るところまではいかずとも、本は読むがラノベだけというような人には、賞は多少の影響力はあるのではないか。受賞作を読んだ高校生が何かを考えるきっかけになるかどうか、読んだ高校生の人生に影響を与えられるかどうかを重視して議論したい。

・他の高校生がどう読むかを考えてもしかたない。それはあくまで結果であり、ここにいる私たちが作品そのものをどう捉えるかが重要だろう。

河﨑秋子『ともぐい』

『ともぐい』(河﨑秋子/新潮社)

・以前、授業で「読書率を上げる」ことをテーマにしたアンケートをとった。「読書が好き」と答えた人に理由を尋ねると、「その世界に入り込んで現実を忘れられる」という回答が圧倒的に多かった。その評価軸を当てはめれば『ともぐい』が最も優れていると思う。最初の5頁で、行ったこともない北海道の山中に私はいた。「臨場感」というような漢字3文字では、到底表せない力で、無理矢理、物語に引きずり込まれた。

・同じく3文字で言ってはいけないかもしれないが、「描写力」が優れている。作者が完璧に自分のやりたいことをコントロールし、グロテスクで野性的なのにテーマから逸れていかない。自分の生き方に絶対的な信念を持っていた人間が、他者と関わることで、アイデンティティが崩れていくさまを描き切っている。グロテスクな場面がつらいと言う人もいたが、それは大衆受けを狙わず、物語の純粋性を目指したためだ。最高の読書体験だった。

・高校時代に読んでおいてよかったと思える本。主人公の生い立ちなど、詳しく書いていないところにこそ想像力が試される。今後、ライフステージの変化に伴って読み方が変わるのはこの本だ。

議論の合い間に談笑する姿も

・まともな人間から先に死に、狂気の人間が最後まで生き残る。登場人物たちの生き残りをかけた「ともぐい」という意味がタイトルには含まれているのでは。

・他の作品と比べると、主人公の熊爪という人物の輪郭がはっきりしない。情報も心理描写も少ない。これこそアイデンティティが浮遊している現代人にリンクしている。

・明治は変化の時代であり、その点で現代と共通する。熊爪はその変化によって息を止められてしまった。だから令和の変化も誰かの息を止めているかも、と気づかせてくれた。情景描写を含め、すべての言葉に意味がありそうで、何度読んでも、まだ掬(すく)い切れていない部分が残っているような感じがする。その意味で、自信をもって授賞してよいか不安だ。

・どれほど僕らの頭がよくても大人には負ける。その代わり自分たちには無垢な気持ちがある。いまの段階の読み方で評価していいと思う。学校内でも議論が一番盛り上がったのはこの作品だ。没入感があるからこそ、自分の身に起きたことのように感じ、気分が悪くなった友人もいたが。

永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』

『木挽町のあだ討ち』(永井 紗耶子/新潮社)

・無数に張り巡らされた伏線が最後に一気に回収される快感。同じあだ討ちについて言及しているはずなのに、それぞれの人の“語り”が全然違う。また、聞き手側の発言がないので、読者に直接語りかけてくるようにも感じられる。

・5幕それぞれ一人ずつの人生が描かれていくが、それぞれの幕を通じて、自分が本当にやりたいことは何なのか、忠義とは何なのか、と考えさせられた。ミステリーとしてばかりでなく、人の一生について考える作品として、自分自身の人生にとって糧になる作品だ。

・たしかに、今後つまずいた時、一生の宝になってくれそうな小説だと思った。

・(自作のPOPを持参、披露して)「話を聞こう。一人で抱えるな」など、これからの私たちの人生にとって指針となりそうな、生きる言葉がちりばめられている。色々な悩みを持つ人が、どこか一つはひっかかる作品。いま十分に理解できなくても、大人になって振り返りたいと思うだろう。ミステリーとしてすっきりしすぎているという意見もあったが、これは「芝居」という設定を意識した構成だろう。

本に隠されたある“仕掛け”を発見!

・本の帯には「ミステリ」とあるが、この作品のよさは、伏線回収よりも人びとの温かさにこそあると思う。

・一人ひとりが魅力的で、人物の組み合わせも秀逸。誰一人不要な人がいない。

・あまり高校生が手を出さないだろう小説を選ぶことに賞の意味がある。この作品のように、古い時代を描いたものがまさにそれだ。

宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』

『ラウリ・クースクを探して』(宮内 悠介/朝日新聞出版)

・自分の学校は「他の高校生に読ませたいもの」を基準に議論したが、自分としては「自分が読んで面白いもの」を推したいと考えている。いま一番推したいのは『ラウリ』だ。ソビエトが舞台というだけで心が躍った。ソビエトは稀に見る多民族国家で、そこにプログラミングという無限の可能性をもつものが絡んで、さらに世界が広がる。いまのスマホにつながる技術のイノベーションの黎明期が描かれるが、読んでいる最中、まるでトロッコに乗っているかのように心が揺さぶられた。

・ソビエトの激動期に一般市民が振り回される姿は、現在のウクライナ問題にも通じる。不穏な日々でも変わらなかった友情や、プログラミングの青春など、ラウリたち3人の生活に、自分たちも入り込めるような要素が詰まっている。

・高校生にこそ読んでほしい。自分には才能がないかも、何者でもないかも、と思っている人にぴったりの一冊。

・そう! ラウリが現実の歴史においては何者でもないからこそ、かえって自己を投影しやすいんだと思う。

・登場人物の容姿など、外見的なことに関する描写がほとんどないところも、感情移入のしやすさに一役買っている。

議論と同時に、恒例となったグラフィックレコーディングも行われる

・さまざまな伏線を回収していく技量もすごい。『襷がけ』や『ともぐい』に比べると臨場感は薄いかもしれないが、それは色覚障害をもつ語り手の見た世界だからかもしれない。だから表紙もほぼ一色で、人物の顔も判然としない。でも、この表紙を見てほしい。海に太陽が反射するように、青春の一瞬のきらめきを表現しているかのようだ。これは語り手の視点を反映した表現だろう。

・下書きはイヴァンで、その上にラウリたちが色付けをして、3人で完成させた一枚の絵がこの表紙なのでは。

・なぜプログラムに関する表紙にしないのかと考えた。魚釣りのシーンはほんの一瞬しか出てこないのに、なぜこちらが表紙になったのか。人間関係の原点がこの場面だからではないか。自然の中での3人の関係性こそが『ラウリ』で描かれるべきものだったのだ。

・「国とはデータである」という考えが新鮮だった。人間関係のレベルで終わらず、プログラミングを通じて、個人と国家が結びついていく壮大な物語だ。

・私も、人間関係のレベルと国家のレベルは連動していると考えさせられた。日本のような島国にいると、エストニアとロシアの民族のアイデンティティなどはよくわからないが、3人の人物を通じて描かれると理解しやすくなる。

・戦場の描写はなくとも、戦争の悲惨さが伝わってくる。体験談やドキュメンタリー映像とも違う小説ならではの描写。グロテスクに感じることなく、戦争について深く考えさせられる。

 後半に入ると、作品どうしの比較を含めた議論に。

・いまが戦争の時代だから戦争の小説を選ぶ、という考え方には賛成できない。作品として純粋に優れているかどうかが大事だ。他の作品と比べ、『ラウリ』はテーマと登場人物の言動、情景描写の距離が近くて、解像度が高い。

・『ラウリ』は、第2部、第3部と進むにつれ没入感がなくなるという意見があったが、ただ主人公に共感できればよいというものではない。ラウリが傲慢な意見を持っていたことを示す描写が重要だ。歴史の中でラウリ一人では何もできないことが示唆され、読者の自分も知らないうちにもっていた傲慢さに気づかされる。

地方予選から議論は沸騰

・『ラウリ』は視覚に強く訴える作品だ。だが、それゆえに小説ではなく映画でもよいのではないかと思える。モノクロ映像から始めて、語り手がイヴァンと判明した時点でカラーに変わるような演出が効果的では。コミュニケーションにおいて、言語情報が7%、聴覚情報が38%、視覚情報が55%の割合で、相手に影響を与えるという心理学の法則がある。映像や音声で伝えられるなら小説にしなくてよい。あえて7%を打ち出すのが小説であって、『ともぐい』の描写力は7%が93%を凌駕している。

・それなら『木挽町』も小説でしかできないことをやっている。今回、一番議論が盛り上がったのは『木挽町』だった。

 全国大会は一切の休憩なく3時間を超え、議論は尽きる気配を見せない。帰りの飛行機の時間が迫る参加者もいる中、全国大会に代表者を出していないオンライン参加校も含めて決選投票が行われ、21票を獲得した『ラウリ・クースクを探して』が受賞と決した。

 著者の宮内悠介さんに電話が繋がり、『ラウリ』を熱心に推した代表生徒が「この本を作ってくださって本当にありがとうございます」と声を震わせながら語った。宮内さんは「高校生にどう受け取ってもらえるのか心配だったけど、うれしい」と、率直な気持ちを答えてくださった。

宮内悠介さんに電話口で感謝を伝える

 当日は、作家の澤田瞳子さんや、女優でエッセイストの小橋めぐみさんらが観覧に来られていた。澤田瞳子さんからは「高校生のみなさんが自分の言葉で語っていることに、ひとりの小説家として感じ入った」とお言葉をいただいた。

 スポンサーとして日頃の活動を支えてくださっている賛助会員企業、図書カードを寄贈してくださる日本図書普及株式会社、助成してくださっている授業目的公衆送信補償金等管理協会、各校の先生方や司書の皆様、手伝いに来てくれたOB・OGを含めたボランティアの方々は、皆、ただただ若者の読書の未来を見守っている。自作を高校生たちの議論の俎上に提供してくださった候補作家の皆様も含め、多くの方に支えられてここまで続けてこられたことに、最後に心から感謝申し上げます。

Ⓒ中尾仁士/杉浦しおり/谷川潤

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