元警察官・白バイ隊員で、「女副署長」シリーズ、「流警」シリーズなど数多くの警察小説を手がける松嶋智左さん。最新作『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』(文春文庫)が、現在好評発売中です。体力はないが観察眼はピカイチ――そんな主人公・弓木瞳を描いた本作について、松嶋さんにお話を伺いました。

 このインタビューは、11月26日(水)朝5時台に放送された文化放送「おはよう寺ちゃん」の放送を元にしています。(聞き手:寺島尚正さん)(1回目/全2回)

『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』は文春文庫で好評発売中

今思い出しても胸が苦しくなるような「訓練」

——今朝のこの時間は特別ゲストの方にお話を伺います。先日最新作『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』が文春文庫から発売となりました、作家で元警察官、元女性白バイ隊員の松嶋智左さんです。松嶋さん、おはようございます。

松嶋 おはようございます。よろしくお願いします。

——早速ですが松嶋さんのプロフィールを簡単にご紹介します。松嶋さんは、元警察官で、日本初の女性白バイ隊員となりました。そして退職後、小説を書きはじめ、2005年に北日本文学賞、2006年に織田作之助賞を受賞。2017年、『虚の聖域 梓凪子の調査報告書』で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。その後も「女副署長」シリーズ、「流警」シリーズなど数多くの警察小説を手がけています。松嶋さんは警察官をやめた後に警察小説を発表したわけですが、小説はいつ頃から書き始められたのですか?

松嶋 若い時から本を読むのが好きでしたし、小説も書いてたんです。ただ警察官になってからは仕事がハードでしたので……体力的にも気力的にも。しばらくは途絶えていたんですが、警察を辞めて転職した時に時間的余裕ができましたので、改めて取り組んでみようかな、と思って頑張りました。

——そうでしたか。先ほどプロフィールでも申し上げましたが、松嶋さんは日本初の女性白バイ隊員となりました。白バイ隊員になるためには「厳しい道のり」があって、それでも目指す人が後を絶たない人気のある職種というイメージがありますが、実際の訓練や実務は大変だったんでしょうね。

松嶋 そうですね、今思い出してもちょっと胸が苦しくなるような……かなり大変でしたね。どうしても女性は男性に比べると体力的にも辛いですし、特にあのバイクは、私たちが使っていた時はおよそ200キロあったんです。例えば訓練では、そんなバイクを倒れた状態から起こしたりしていましたね。当時、小錦関というお相撲さんがいらっしゃいましたが、たしか彼の体重が200キロぐらいだったんです。だから、バイクを持ち上げる時は小錦関を起こすんだ、という思いで、歯を食いしばってやったことを覚えています。

——なんと言っても、白バイ隊員の訓練は東大に受かるよりも難しいと言われていますよね。身体能力、精神力、あと技術。これらが揃っていなければ到底務まることはないと思います。

松嶋 そうですね。もう朝からとにかく訓練、訓練、訓練ばかりでした。ひたすら同じことを何度もできるまでずっと訓練してました。

ドラマ「太陽にほえろ!」のようにはいかない

——そんな経歴をお持ちの松嶋さんですが、今回新たな警察小説シリーズ『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』をお書きになりました。簡単にあらすじをご紹介いたします。

 主人公は、弓木瞳(ゆぎ ひとみ)というアラフォーの女性刑事です。物語は瞳が急性膵炎で長期入院した後、復職したところから始まります。そんな彼女の席は、凶悪犯担当の刑事課一係にありました。一見弱々しい風貌ですが、実は優れた観察眼から「ヤギノメ」という異名をもっている瞳が、市民の生活を脅かす連続放火に特殊詐欺、そして殺人、日常に潜む難事件の裏を見抜いていく……といった物語です。ご紹介したように主人公の瞳は、体調を崩して長期入院から復職したばかりの巡査部長です。なぜ、捜査官として最もタフであるべき刑事に、あえて「病からの復帰」という背景を持たせたのでしょうか?

松嶋 そうですね、やはり刑事というと世間的には「タフである」とか「走り回って犯人を投げ倒して……」とか、そういうイメージが強いかなと思うんです。ドラマでもありますよね。だから逆に言えば、その正反対のイメージの姿を作れば、身近に感じていただけるんではないかなと。それで、編集の方とご相談して、「普通の方を主人公にしてみよう」ということで考えて作りました。

——瞳が本当に警察官のイメージと真逆の立場にいるんですよね。引き込まれていきました。「えっ、こういう刑事もいるの?」という。松嶋さんが仰ったように、普通、刑事っていうと全速力で犯人を追いかけて、捕まえる時には背負い投げとか決めたりして……「太陽にほえろ!」とかのイメージにあるものですから(笑)。でも、この主人公は全然そういうんじゃないんですよ。

松嶋 やっぱり現実は、そういう(「太陽にほえろ!」のような)警察ばっかりじゃないですから。そういうことも知っていただきたい、ということもあって。そうすると「病弱」というとちょっと極端ですけれど、警察官を分かっていただける近道かなと思いました。

——現実は本当にそうでもないんですか?

松嶋 そうですね。みんながみんな犯人を「エイヤー」と投げ飛ばして捕まえる、ということもないみたいです(笑)。もちろん一生懸命されますが。いつもあんなドラマのように、うまい具合に事件は終わらないと思います。

——そんな瞳とコンビを組む相棒は、茂森隼太という新人刑事です。この茂森の人物像は、どんなところから着想されたのでしょうか。

松嶋 私の同期がついこの間まで現役で働いていましたが、「最近の新人には、私たちの時代では考えられないような人もいる」という話を聞いて、それがちょっと面白くてですね。聞いた話では、新人の方が主役の歓送迎会で当の本人がドタキャンする、などでしょうか。あとは「宿直」という、夜間に警察署の受付に立つ仕事があるのですが、その時に若い女性警官が頭に有名な猫のキャラクターのモフモフしたヘアバンドをつけて立っていたり……など。

 私は「ええーっ」と思ったんですが、同期は「好きなのかな」と、注意はできなかったようです。そんな新人が出てきているので、誇張する、というわけではないですが、出した方が今らしくて、瞳とのギャップも出せるのではと思いましたね。

——ギャップ、出てましたね。この茂森ですが、やる気あるけれど結果がこう……今ひとつ、というね(笑)。

松嶋 ちょっと何かが足りないかな、という具合です。

文化放送「おはよう寺ちゃん」での松嶋さんの収録風景

——実際にそういう人ももちろんいて、それが少しずつ成長していく、ということですね。瞳、茂森コンビも、最初はプライベートのことも何も話さないような関係で、でも、話が重なっていくにつれてだんだん信頼関係といいますか、互いに尊敬する部分も出てきます。「どの世界も同じだな」という感じがしたんですよね。

松嶋 そう思っていただけると嬉しいです。皆さんもそうだと思いますが、仕事とプライベートでオンオフってあると思うんですよね。警察は特にそういう切り替えが極端にあると思います。警察官の仕事は、社会の負の面や悪意と立ち向かう面もありつつ、(警察官を見る)人の目は厳しかったりするので、緊張感をずっと維持するのは大変だと思うんです。だからその分、オフの時間、仲間といるときは本当に寛げるというか、アットホームな家庭的な雰囲気なんですよ。オフがあるからこそ信頼関係も強まるんじゃないかな、と。仲間といるときはくだらない話をしたり、笑い合ったりも当然します。

——たしかに、事件の現場は本当に目を背けたくなるようなものもあるわけですけど、一旦班になると「家族」みたいな雰囲気になるということですね。

松嶋 そうですね。仲間の中にいると気楽な気持ちになれるという。パッと切り替えられるような。 

——『刑事ヤギノメ』の仲間内の会話にも、ユーモアがありますしね。親近感がわきました。

(2回目に続く)

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極寒の夜間スピード取り締まりで、反社勢力を相手に…元女性白バイ隊員の苛酷すぎる経験が小説に!〉へ続く