二〇一八年の年が明けてすぐのことだった。当時警視庁記者クラブに所属し、事件取材を担当していた筆者の元に非通知で一本の電話がかかってきた。約束の時間通り。受話器越しに聞こえる声には張りがあり、想像とは違って丁寧な口調だ。

 電話口の相手は、特殊詐欺グループの現役幹部である。

 その前年に起きた大量殺人事件に絡み、繁華街で聞き込みをしていた際に筆者はある半グレの男と知り合った。都内の指定暴力団と付き合いがあった半グレの男は裏社会に顔が広く、殺人事件の取材が一段落した後も、しばらく連絡が続いた。特殊詐欺に手を染めている知り合いがいたら紹介してほしいと頼んだところ、その現役幹部に連絡を取ってくれた。そして「対面ではなく、電話であれば」という条件で取材が叶った。

 詐欺グループ幹部の男は二十代半ばで、身元は一切明かさなかった。十代で田舎から上京し、知人の暴力団組員から「ケツ持ち(用心棒)で面倒を見ている箱(拠点)がある。人を紹介してくれたら、バック(紹介料)を渡す」と誘われ、この世界に足を踏み入れた。

 詐欺グループの大元は暴力団だったが、「組全体で振り込め(詐欺)をやってしまうと、オヤジ(組長)がもっていかれてしまうので、オヤジは表向き『(振り込めは)やるなよ』と言います。組員が個人的にケツ持ちをやっている感じ」だという。

 詐欺グループに引き込むのは地元の友達もいたが、大半は金に困っている人間だった。

「金がどうしようもなくなって、地元の怖い先輩に脅されて『しばらく箱に入ります』とか。都内の、ヤンキーじゃないけど、やんちゃな十代がつながってくることもあります。その子たちはお金ほしさでやりますね」

 息子や孫、警察官などになりすまし、「あなたの子供が会社の金を横領した」などと嘘を言い、示談金名目で金をだまし取る手口で荒稼ぎした。「組織全体のアガリ(収益)は毎月億単位。自分は一カ月で三千万円を稼いだことがあります」。そう豪語した。

 罪のないお年寄りから金をだまし取ることに罪悪感はないのかと尋ねると、彼は「自分もじいちゃん、ばあちゃんは好きですけど、『仕事』なんで」とさらりと言ってのけた。

「俺らがキャバクラとかでお金を使って景気が良くなる部分もあるでしょう。悪いやつらがいなければ、飲み屋だってつぶれますよ」

 だまし取った金でポルシェのカイエンとマンションの一室を買い、「あとは野球をやっています」と言った。

 筆者が「野球?」と聞き返すと、「野球賭博が流行っているんです。胴元はヤクザ。野球は悪い人が多く、一試合の賭け金がでかい。一試合で何百万円と動くから、自分は去年の今頃はすっからかんでした」と説明した。

 彼は詐欺拠点の場所について「警察がうるさいから、人の出入りが目立たないところを選びます。都会の雑居ビルにも(拠点は)あるんですけど、今はどちらかと言うと地方に拠点を置いて、三カ月ぐらいでころころと変えることが多いですね」と明かした。

 彼らは警察に拠点が特定されないよう慎重を期していた。

「うるさくするな、トイレはきれいに使え、壁も汚すなと注意します。(箱での滞在が)長いやつには、若い子の面倒を見るように言います。そういうところから緩んでくるんで。自分らは結構『縛り』を付けますね。(特殊詐欺は)ブラックな仕事だから、甘くするのはダメ。喧嘩して警察を呼ばれたらアウト。近所からクレームが来たらアウト」

 外出できるのは二人に限られ、買い出しに行く際も、まず一人が先に出て周囲の様子をうかがってから、電話を受けたもう一人が部屋を出るのだという。週末にグループで居酒屋や風俗店へ行くことはあったが、地元に帰ったり、身内と会ったりすることはできなかった。

「寮生活みたいな感じですかね」

 彼はそう口にした後、少し間を置いて言い直した。

「いや、違うな。箱の中にいる子は囚人で、監禁されているのと同じかな」

乱立するオンラインカジノ

 この日本人の詐欺グループが警察の目を逃れるため都会から地方へ拠点を移していた時、海の向こうでは、よりダイナミックな「地殻変動」が起きていた。

 中国や東南アジアの一部の国で二〇一六年以降、オンライン賭博の規制が強化され、中国系のカジノ運営業者はより規制の緩い場所を探し求めてきた。まず目を付けたのが、タイ湾に面するカンボジア南部のリゾート地、シアヌークビルだった。シアヌークビルでは中国人投資家が出資する高層ビル群の建設ラッシュが始まり、カジノが急増した。多くのカジノは対面式とオンラインのいずれも備えていたが、オンライン賭博が主な収入源だったという。

 だが、カジノやジャンケット(中国から客を連れてくる仲介業者)に借金のある賭客からの取り立てやカジノの警備を目的に中国系犯罪組織が流入すると、治安が悪化した。

 頭を抱えたカンボジア政府は二〇一九年八月、オンライン賭博を禁止すると発表。当時首相だったフン・センは「一部の外国人犯罪者が、国内外の被害者を騙して金をゆすりとるため(オンライン賭博という)ギャンブルの形を利用しており、安全、公共の秩序、社会の秩序に影響を及ぼしている」と述べた。オンライン賭博の中には、賭客に多額の金を入金させた後、サイトを閉鎖して金を奪う悪質なものが含まれていた。

 カンボジアにおけるオンライン賭博の禁止を機に、一部のカジノ運営業者は中国やタイとミャンマーの国境地帯などに流れた。

 ただ、後述するが、この時、カンボジアにおけるカジノ業界は消滅したわけではなく、中国系犯罪組織はむしろ政府・与党の中枢との結びつきを強めた。カンボジアは今やミャンマーと並び詐欺拠点が集積する国の一つとなっている。

 二〇一九年十二月以降、新型コロナウイルスの感染が拡大し、世界各地でカジノが閉鎖されると、オンライン賭博の需要が急激に高まり、やがて職を失った移民労働者たちを使役する特殊詐欺が隆盛した。特殊詐欺はオンライン賭博よりも遥かに実入りが良かったという。感染防止のため自宅に閉じこもり、ネット空間で過ごすようになった人々は、詐欺の格好の餌食だった。

内戦が拍車をかける

 さらに軍事クーデターが、ミャンマーを特殊詐欺の一大拠点へと押し上げた。

 ミャンマーでは二〇二一年二月、国軍がクーデターに踏み切り、ノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー率いる文民政権を転覆させた。二〇一一年の民政移管から十年余りが過ぎ、「アジア最後のフロンティア」と呼ばれた同国は再び軍事政権へと時計の針が戻った。

 人々は民主主義への回帰を求めて平和的なデモを繰り広げたが、国軍はこれを武力で弾圧した。多くの市民が命を落とし、日本人ジャーナリストをはじめとする報道関係者の拘束も相次いだ。国軍に批判的な報道機関は免許を剥奪され、多くのジャーナリストが隣国タイなどへ逃れた。

 一部の若者は、自治権の拡大を求めて長く国軍と戦闘してきた少数民族武装勢力の支配地域に逃れ、軍事訓練を受けて武装闘争を始めた。戦火は少数民族武装勢力が実効支配する辺境地域を中心に全国各地へと広がった。

 現地の人権団体「政治犯支援協会(Assistance Association for Political Prisoners=AAPP)」によると、弾圧による死者は二〇二五年十月三十一日現在、七千四百二十七人に上り、二万二千五百八十七人が依然として拘束されている。この死者数には戦闘で亡くなった兵士らの数は含まれておらず、戦闘による死者を含めれば数万人に上るとみられる。

 内戦で荒廃した地域で麻薬密売や人身売買、特殊詐欺といった犯罪が蔓延るのは、自然な帰結だろう。

 中国系犯罪組織は法の支配が行き届かない国境地帯に高い塀と有刺鉄線で囲まれた大規模な拠点を築き、中国、インドネシア、インド、パキスタン、ケニア、エチオピアなど世界各地から「高収入」の触れ込みで、語学が堪能でIT技術に長けた若者を集め、国軍に近い少数民族武装勢力の庇護を受けながら詐欺を強制している。

 シンクタンク「米国平和研究所(United States Institute of Peace=USIP)」が二〇二四年五月に発表した報告書によれば、東南アジアを拠点とする犯罪組織による特殊詐欺の被害額は年間四百三十八億ドル(約六兆五千七百億円)を超える。

日本人も標的に

 今、その魔の手は日本人にも伸びている。

 日本の犯罪組織もかねて東南アジアへ進出しており、近年は日本人詐欺グループの摘発も散見される。タイとミャンマーの国境地帯では二〇二五年二月、当時十六歳の高校生が保護される事件が起き、日本社会に衝撃を与えた。

 日本の警察庁によると、二〇二五年上半期(一~六月)の特殊詐欺被害額は五百九十七億三千万円に達し、過去最悪のペースになっている。SNS型投資・ロマンス詐欺の被害額も五百九十億八千万円に上る。犯罪組織が、捜査の手が及びにくい東南アジアに拠点を置くようになったことと無関係ではないだろう。

 ミャンマーの国境地帯で特殊詐欺がはびこる背景には、長引く内戦が横たわり、そこに中国をはじめとする隣国の思惑が入り交じる。筆者はこれまでに二十回以上にわたり国境地帯へ足を運び、中国系犯罪組織の詐欺拠点があるミャンマー東部カイン(カレン)州の「新都市」にも潜入した。辺鄙な農村地帯を切り開いた新都市では二〇二五年七月の時点で詐欺拠点と疑われる建物の建設が進んでいた。

 ミャンマーやカンボジアでは時折、関係当局が詐欺拠点を摘発しているが、それは「見せかけ」に過ぎない。犯罪組織は、地域の支配層と深くつながっており、詐欺産業は「Too big to fail(大きすぎて潰せない)」規模にまで成長している。

 カイン州の詐欺拠点に監禁され、強制的に詐欺をさせられた中国人の男性は「国際社会が圧力をかけて一時的に摘発を進めたとしても、詐欺ビジネスは復活するでしょう。人類がゴキブリを駆除できなかったように」と悲観的に見通す。

 国際社会は被害の拡大に歯止めをかけることができるのだろうか。複雑なミャンマー情勢を紐解きながら、東南アジアを侵食する特殊詐欺の深層に迫りたい。


【注記】

◆警察庁は、オレオレ詐欺などの「特殊詐欺」と、「SNS型投資・ロマンス詐欺」を別に分類しているが、本書ではSNS型投資・ロマンス詐欺も含めて特殊詐欺と表記した。同庁は、SNS型投資詐欺は「SNS等を通じて対面することなく、交信を重ねるなどして関係を深めて信用させ、投資金名目やその利益の出金手数料名目等で金銭等をだまし取る詐欺」、SNS型ロマンス詐欺は「SNS等を通じて対面することなく、交信を重ねるなどして関係を深めて信用させ、恋愛感情や親近感を抱かせて金銭等をだまし取る詐欺」とそれぞれ説明している。

◆為替は分かりやすさを重視し、一タイバーツ=四・五円、一米ドル=百五十円、一人民元=二十円の各レートで計算した。ミャンマーでは国軍統治下の中央銀行が定めた公定レートと市中で取引される実勢レートで大きな乖離があるが、実勢レートに近い一米ドル=四千チャットで計算している。

◆参考文献からの引用部分などは原則、傍注に出典を示した。ただ、複数のメディアに同じ内容が掲載されている場合は全ての引用元を表記していない場合がある。執筆にあたっては、中日(東京)、朝日、読売、日経、毎日の各紙、The Irrawaddy、The New York Times、Bangkok Postなどを参照した。

◆本文中では、敬称を省略させていただいた。


「はじめに ある詐欺師の告白」より