犯罪はまるで、ウィルスのようである。新型コロナウィルスはワクチンをすり抜けるように、アルファ株、デルタ株、オミクロン株と変異を重ねた。犯罪もこれと似ていて、政治や経済、社会情勢に順応しながら、変異を重ねている。
たとえば、新型コロナウィルスの猛威と入れ替わるように、2023年の日本列島を震撼させた連続強盗事件だ。覆面やフルフェイスのヘルメットで顔を隠した男たちが店舗を襲う映像に衝撃を受け、あえなく逮捕された者たちの素顔がさらされてみれば、意外とどこにでもいそうな若者たちであることを知って、世間は二度、驚かされた。
そんな様子を見ながら、「日本社会はいつの間にこんなことになってしまったのか」と嘆いた人も少なくないはずだ。
だが実際のところ、彼らは何の前触れもなく、突如としてこの世に現れたわけではない。連続“シロウト”強盗団は、特殊詐欺に代表される「匿名犯罪」から生まれたひとつの変異体なのだ。
それと同様に、特殊詐欺にもヤミ金融という「ルーツ」がある。そのヤミ金融もまた、1990年代に猛威を振るったシステム金融の変異体なのである。
犯罪にそのような変異を促す要素は、大きくふたつある。ひとつは経済情勢であり、もうひとつは法規制だ。特に、1980年代後半から1990年代初めにかけてのバブル景気の狂乱とその崩壊は、日本社会の犯罪構造にも大きな影響を及ぼした。あの時代、暴走を重ねたヤクザは暴力団対策法(暴対法)による規制強化を招き、わが身を縛る結果を生んでしまった。そして、ヤクザが行動の自由を奪われた環境に順応して台頭したのが「半グレ」であり、特殊詐欺などを働く「匿名・流動型犯罪グループ」なのだ。またこの間、日本経済が先の見えない「デフレの闇」をさまよい続けてきたことも、若者たちの犯罪を助長した。
とはいえ、筆者は「ヤクザを締め付けすぎるから、半グレの抑えが利かなくなってしまった」とか、「世の中が悪いから、若者を犯罪に駆り立ててしまった」などとは、これっぽっちも考えていない。
いつの世にも犯罪は存在し、それを働く者たちがいる。彼らは、なるべく効率よく大金をつかみ取ろうと、日々、考えを巡らせている。特殊詐欺や連続強盗もその結果として誕生したに過ぎず、世の中が「良い」か「悪い」かは、副次的な要素に過ぎない。
言うまでもないことだが、法を守って暮らしている人々にとって、犯罪は「害悪」でしかない。その害悪から身を守るためには、それが発生した経緯を知り、次にどのように変異するか予測を立てることが必要だ。
本書は1980年代から現在にかけて、カネ目当ての犯罪がどのように変異してきたかを追ったものだ。詳しくは各章で述べるが、日本経済のバブル崩壊とデフレ突入は、犯罪に大きな変異を促した。また、そのような経済情勢の変転に情報技術(IT)の進化が重なったことで、犯罪はかつてと比べて複雑かつ厄介なものになった。
そして今、日本経済はデフレからインフレへの転換期にある。また人工知能(AI)の普及は、犯罪のさらなる大変異のきっかけになるかもしれない。犯罪の変異のパターンを読み解き、守りを固めるタイミングは今しかないのだ。
(文中は一部を除いて敬称略)
「はじめに」より
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