「現在私が住んでいる房総の大名ということで気にはなっていて、十年くらい前から資料を集めはじめていました。北条家、豊臣家、徳川家といった大きい存在に振り回され、理不尽な形で滅びてしまうという運命に心惹かれるものがあったんです」
本作は房総の小大名である里見家の家臣で、里見百人衆の一人の金丸強右衛門(かなまるすねえもん)が主人公の物語。秀吉による北条家への侵攻から徳川の世になって藩が転封、さらには改易の憂き目にあうまでを六つの短編によって描き出しているのだが、強右衛門の生活感漂わせる姿が小説を魅力的にしている。
「里見家の中枢ではなく、その家臣がどう影響を受けたかを描いたほうが面白いだろうと思いました。百人衆というのは実在の家臣団なのですが、江戸時代のように身分制度が固まっておらず、武士も農業をやっていたり、商売をするものもいた。戦国時代の終わり頃は、むしろ強右衛門のような武士のほうが多数派なんです」
第一章の「海と風の郷」では、長年敵対していた北条家を秀吉側について滅ぼすものの、秀吉の命により領有していた上総半国が召し上げられてしまう。楽になると思われた暮らしが逆に厳しくなり、強右衛門は妻の志津に責められ、「世の中がなあ、変わったのよ」と返すしかなくなるーー。
「当時は女性が家庭で強い力を持っていたということでのエピソードなんですが、小市民的なキャラクターですよね(笑)。ただ、この時代のリアルな武士を描くことで、むしろ現代に通じる物語になったと思います。それがもっともよく現れているのが、里見家が取り潰しにあって、開城する場面。記録を見る限り、ほとんど混乱なく幕府側に明け渡している。いまでいうと勤めていた会社が突然倒産したようなものですが、社員にあたる武士はしょうがないと思ってか、暴力沙汰に発展するなどといったことはなかった。会社が潰れても社員は生きていかなければならないということで、意外にビジネスライクに主君から離れるんです」
全編を通じて下り坂の境遇の中でもがく金丸一家だが、悲壮感ではなくむしろ苦しい中を楽しく生きていこうとするしなやかな姿が浮かび上がる。
「何か難しい問題を解決するというような、太い物語で引っ張る話ではないので、適度なユーモアによって読者に楽しんでもらいたいという気持ちで書いていました。私自身、誰にでも分かるようなヒーローやヒロインを描くのが照れくさいというのもありますが、等身大の人間の物語だからこそ悲惨な読後感にしたくないというのは最初から決めていましたね」
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