書評

明るい「滅びの歌」

文: 岩井 三四二 (作家)

『江戸へ吹く風』 (岩井三四二 著)

 なんだか「負け組」とか「滅びた者の悲劇」ばかり書いているな、という気がする今日このごろである。

 いや、このごろどころか、考えてみればデビュー以来、「滅びの歌」ばかり歌ってきたような気がする。少なくとも「主人公は正義の味方。スーパーマンで誰にも負けないほど強く、敵を軽く打ち倒して意気は天を衝つく。めでたしめでたし」という小説は書いたことがない。私の小説には、たいていは厳しい現実にぶちあたって苦い目を見る者ばかりが登場する。

 今回上梓した「江戸へ吹く風」に出てくる房総の里見家――「南総里見八犬伝」のモデルとなった大名――も、房総半島の南端、安房国(あわのくに・千葉県南部) に興り、上総へ攻め上がってゆき、関東に盤踞した大大名、北条氏と対立したというなかなか骨のある大名であるが、やはり負け組である。戦国末期までは安房と上総半国を支配していたが、北条家が秀吉によって攻め潰された際に、秀吉の命令に従うのが遅かったと難癖をつけられ、領地を3分の1に減らされてしまう。それでも家臣の知行を3分の1に削るなどしてしぶとく家を存続させ、関ヶ原では徳川方について生き残り、加増さえうける。だが喜んだのも束の間、大久保忠隣の失脚という幕府内部の政変のあおりをくらって、あえなくお取り潰しとなってしまった。殿さまは縁もゆかりもない伯耆国(ほうきのくに・鳥取県)に流され、領地は幕府のものとなり、のちに譜代大名や旗本たちに分配された。10代170年つづいた里見家は、江戸幕府によって安房国から消されたのである。

 こういう負け組大名に仕えた侍たちは、どんな運命をたどったのだろうかという疑問が、この小説を書く発端となった。

 当初思い描いていたプランは、「仕えていた大名が滅んで領地を失ったサムライ一家の苦悩と再興までの道のりを、できるだけ細密に描く」というものだった。そこで里見家の下級家臣、金丸強右衛門(かなまるすねえもん)の一家を主人公に設定し、里見家が秀吉に出会ってから江戸時代初期に潰されるまでのおよそ25年間を描くことにした。下り坂の組織に属し、その中でもがきながらともに沈んでいく個人を描くのだから、悲劇的で暗い小説になるはずだった。

 しかし書き終わって読み返してみると、そうはなっていない。主人公は厳しい現実を突きつけられても、結果的にひょうひょうとすり抜けて涼しい顔をしている。お家断絶というのに、悲劇どころか明るい話になってしまった。 書いた本人がこんな感想をもらすのは恥をさらすようなものだが、事実、当初の構想と違うものになっている。

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江戸へ吹く風
岩井三四二・著

定価:1680円(税込) 発売日:2012年05月10日

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