『ブック・ジャングル』でも、攻撃されたために即席の仲間になった若者たちと正体不明の敵は、まるで違う価値観で行動している。それを象徴するのが、映画に関係した二つの場面だ。ラジコンヘリを素手でつかんだ大学院生・沖野を見て、敵である“フクロウ”は、キングコングみたいだと思う。『キング・コング』といえば、南洋の島から連れてこられた巨大な猿がニューヨークで大暴れする怪獣映画の古典である。リメイクもされたが、高層ビルの上に立ち、攻撃してくる飛行機を手づかみで壊すのが見せ場になっていた。
また、『ブック・ジャングル』では、図書館のスピーカーからワーグナーの「ワルキューレの騎行」が大音量で流され、若者たちが映画『地獄の黙示録』を真似ていると気づく場面もある。ベトナム戦争を描いた同映画では、アメリカ軍のヘリ部隊がスピーカーを載せ、クラシックのこの名曲を大音量で鳴らし、楽しみながら村を爆撃するシーンがあった。
『キング・コング』では人間と巨大猿、『地獄の黙示録』ではアメリカ兵とベトナムの村人の間で意識の断絶がある。相手を尊重に値しない存在と見なし、一方的に攻撃する。キングコングはジャングル出身の怪物だったし、『地獄の黙示録』はジャングルでの戦争を映していた。図書館がジャングルに見立てられる『ブック・ジャングル』は、対峙する双方の意識のギャップという点で、これら二作の映画と共通するところがある。追いつめられた巨大猿、非力な村人に似た立場にされた若者グループは、果たしてどのように反撃するのか。
本書を面白く読んだ人が同傾向の石持作品を求めるなら、『トラップ・ハウス』(二〇一二年)がおすすめだ。卒業旅行の男女九人がキャンプ場のトレーラーハウスに閉じ込められ、様々な仕掛けに苦しめられる。画鋲から始まる罠は、一つひとつは他愛ないものの、やがて若者たちは追いつめられていく。
また、『ブック・ジャングル』では殺意のある戦争ごっこが描かれたが、石持は個人レベルの殺人事件だけでなく、戦争やテロという国家レベルの問題もテーマにしてきた。普通ではない手段(なかには冗談かと思う手段も)を考えるテロリストたちを主人公にした『攪乱者』(二〇一〇年)と『煽動者』、地雷をテーマにした連作『顔のない敵』(二〇〇六年)、一党独裁のパラレルワールドの日本と反政府組織を描いた『この国。』(二〇一〇年)など、戦争やテロをめぐる異様な価値観を語った作品も多い。
様々な工夫がされた石持浅海の「閉じた場」の数々を、探検してみてほしい。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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