『文藝春秋』に、「悠々山歩き」と題したコラムを連載している。一回目は2006年6月号だったから、すでに6年。文春新書として一冊にまとめて頂けることになった。
中高年登山ブームの招来を、次のように考えている。マナスル登頂によるものが第一次登山ブーム、その30年後に中高年登山ブームが始まった。
1956年、地球上に14座しかない8000メートル峰の一座、ネパール・ヒマラヤに聳えるマナスルが、槇有恒率いる日本の登山隊によって初登頂が成された。標高8156メートル、ぼくは小学生だったが子供心に喜ばしい気分だった。学校の行事でマナスル登頂の記録映画を、自由ヶ丘の武蔵野館に見にいった。感動した。
当時、朝日新聞に井上靖の『氷壁』が連載されていた。マナスル登頂との相乗効果で、我が国は空前の登山ブームとなった。しかし、56年当時30歳だった男性は、仕事が忙しくなり山どころではなくなる。20歳だった女性は、結婚・出産・育児で家を空けることはできない。30年後、男性は60歳になってご定年、毎日が日曜日になる。女性は50歳になって子育て終了、いつでも家を空けられるようになる。かくて中高年登山ブームの幕は上がったのである。マナスル登頂の30年後、1986年が始まりの年だ。と、これは岩崎の独断ではある。
定年を迎えて、あるいは子育てを終了し、さあてどうすると彼らはお考えになったと思う。頭にひらめいたのが、若い頃夢中になっていた山登り。昔のように岩登りだとか冬山登山だとかいう危険なことにチャレンジしようとは思わない。そんな時、目に入ったのが一冊の本、深田久弥さんの『日本百名山』。中高年登山ブームは、日本百名山登山ブームに他ならない。オーバーユースが問題になるほどの過熱ぶりも、バブルがはじけ、リーマンショックの影響もあるのだろうが、山小屋からは宿泊客の減少、業界からはアウトドア用品の販売不振の声が聞こえるくらいに、中高年登山ブームは沈静化した。ぼくはいいことだと思った。登山者がいなくなったのではなく、適正人数に戻ったのだ。登山がブームではなく、ライフスタイルとして定着したのだ。「悠々山歩き」は、ライフスタイルとしての「山」のご提案、というのが連載開始時のコンセプトだった。「悠々」に、その思いが込められている。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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