中国歴史小説を書く苦しみと楽しみ
──蘭陵王という言葉は、有名な雅楽のタイトルとして日本人にも馴染みがありますが、その人物像についてはほとんど知られていませんね。
田中 私もずいぶん蘭陵王に関して書かれたものや小説を探したのですが、案外これがないんですね。どなたか先に書かれていれば、喜んで読む側に回ったんですけど(笑)。三十年間待ったけれどどなたもお書きにならないんで、これは仕方がない、自分で書くしかないと思いました。
逆にどなたもお書きになっていないので、どの史料をどう選んで書くかの裁量は非常に広いわけで、密林のなかで斧を振り回すように当るを幸い(笑)というわけでもないのですが、かなり自由に書くことができました。
──ヒロインの月琴も実在の人物なのでしょうか。
田中 彼女は正史ではなくて、道教関連の史料に出てくる女の仙人です。実在の仙人という言い方はちょっとおかしいかもしれませんが、唐の時代に、旅する女性の危難を救って尊崇されたという記録が残っています。そこに彼女の出自が北斉の徐という宰相の娘だと書かれているのです。北斉の宰相で徐という姓の人物は一人しかいないので、自然とその人物と月琴を結びつけ、また北斉の時代は仏教が盛んで、尼になった身分の高い女性はいくらでもいるのですが、道教の修行をした人物となるとそうとうの変わり者だったんじゃないか、とか、いろいろ想像してキャラクターがふくらんでいきました。
実在の人物で、調べていくほど複雑で興味をひかれたのが祖【王+廷】(そてい)です。今回彼のことをくわしく知って驚きでした。彼は漢人官僚の代表で、遊牧民系の軍人貴族と鋭く対立し、名将・斛律光(こくりつこう)を陥れて死なせたとんでもない悪いやつだと思っていたら、それだけでは済まない人物でした。傾きかけた北斉を一人で支えていた能吏でもあったわけです。ただ結果として軍人貴族たちを亡ぼしたことにより国家そのものが弱体化してしまい、彼自身が失脚すると佞臣(ねいしん)たちしか残らず、国家の体をなさなくなってしまった。善悪を超えて、功もあるけれど害も大きかった人物です。蘭陵王はまっすぐに生きた人なので、祖【王+廷】のような二面性の魅力はありません。他の時代をみてもこういう人物はなかなかいないですね。
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