──資料調べが重要なのはお話をうかがっていてもよくわかりますが、同時にたいへんな労力のかかる作業ですね。
田中 中国の正史は紀伝体で書かれていますから、一つの出来事に複数の人が関わっている場合、その全員の伝記を読んで照合しないと全体像がわかりません。Aという人物の伝記にはAが関わったことしか書いていませんし、Bの伝記にはBの発言しか書かれていない。例えば蘭陵王の業績についても、七章でとりあげた河東之役については、段韶(だんしょう)という老将軍の伝記のほうにくわしく書かれています。蘭陵王の伝記だけ読んでいたのではとても全体像はつかめません。
だから全ての伝記を読まなければならないのですが、そうしているうちにだんだん全体像が立体的に浮び上がってくるのが楽しいんです。これは小説家ならではの楽しみですね。こんなに苦労したのだからこの楽しみは自分一人のものだ(笑)という思いはあります。書き終えてくたくたに疲れましたが、この充実感を一度味わってしまうとやめられません。
それでも正史だけですと、ある事件が起きたときAはこうしたと書かれているのに、そもそもその事件がいつ起こったか、またそのときAが何歳だったかということもいちいち確かめないといけないのですが、そんなとき便利なのが『資治通鑑(しじつがん)』です。これは編年体で書かれているので、いくつか書き並べた紀伝体の記述を『資治通鑑』で確認すると、そこで統合できるので、ありがたいですね。
小説を書く楽しみは、そうやって獲得した歴史の大枠のなかで、最大限に法螺(ほら)を吹くことでしょうか。事実だけ羅列しても十分面白いんですけど、この場面にこの人物がいたらもっと面白くなるはずだと思ったときには、史料を調べて絶対そこにいなかったと記されていなければ、書いてしまうというような一種の開き直り(笑)も必要だと思っています。また他人の伝記にちょっと顔を出すだけの人物を拾い上げて、出番を増やしていくのも楽しいですね。
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