――母親が入院したので、父親の世話をしに実家に数日、戻ることになった。実家に泊まるのは「吉祥寺方面で飲んで、終電を無くしたときのみ」という、大学の放蕩娘みたいな態度でいられたのも、齢70代後半の両親が健在だからこそ。親不孝をこの機会にまとめて返そうという2週間の滞在は、結果、半分になった。その理由は、父娘ふたり生活があまりにもハードだったから。足腰が多少弱ったとはいえ、作曲家として現役を張る父との短期ステイで体験した「娘なんだからわかるだろう」の有言&無言の欲求パワーはもの凄く、愛情と繊細さと暴力が同居するブルックナー8番を爆音で24時間聞き続けるがごとくで、私が近い将来、直面する両親の介護と自分自身の最晩年を考えて、本気で人生のこれからを考え、呆然となった。
すごすごと住み家に戻る途中に駅前の本屋に立ち寄ったら、『おひとりさまの老後』が未だに平積みされていた。すでに本書を読んでいたのでそうしなかったが、私同様に呆然状態になった善男善女はこの本をパラパラめくった後、迷わずレジに持っていくだろう。刊行5年で28刷75万部、という実力とは、こういうことを言うのである。
のっけから「80歳以上になると、女性の約80パーセントに配偶者がいない」という事実が明かされる。著者は世間一般の女性にとって「家族という人間関係の中の自分の期間がたいして長くない」という現実を提示して、それならば、そういう「ひとりライフ」充実の条件、として、健康と時間、自由になるお金と、自分のための空間という四つをあげている。それらをいかにして、現実的に得ていくかという情報や事例が、 著者のブレのない視点から選ばれ、 一つ一つていねいに検証、吟味されていくのだ。
この“ブレがない”といったところがミソで、ここに著者は「自分の生き方は他人に決めてもらうのではなく、自分で決める」という、自立の概念を大いに潜ませている。これは著者が提唱するフェミニズムの核のひとつで、「少女時代は親、結婚したら夫、老年になったら子どもに従い、生き方を決めてもらう」ことを良しとした女の生き方に真っ向から対立。ちょっと前までは、保守派のオヤジのカンに大いに触った部分だが、今現在、男の方がそんな女の依存を受けて立つような甲斐性と思想からスタコラ逃げ出しているので、そんな泥船に乗りたくないという健康な思考の持ち主は、「自立」というコンセプトの実現、実行に手を付けざるを得ないのである。
ずっとおひとりさまを続けているシングルの著者が、「結婚してもしていなくても、最後はみんなひとりじゃないか」という共感から、「だったら、シングルの先輩として実際に社会と対峙し会得してきた、智恵というソフト部分のスキルを提示したい」という本書の有無をいわせぬ説得力は、「フェミニストの著者が描くフツーではない老後」という色眼鏡を退けて余りある。いや、実際は今までの男女関係や家族のモラルを覆すかなりの“地雷”が仕込まれているのだが、著者自体が老境のとば口に立ち、真剣に出した嘘のない筆致の前には、納得するムキの方が圧倒的に多いのではないか。
4つの条件の中で、最も世間の一般常識と違っているのは、空間に関するところだろう。空間共有でコミュニティーが自然発生してみんなハッピー、というのは、多くの建築家が提唱、実行されているが、しかし、実際に九州の地方都市の集合住宅のコミュニティースペースの調査からわかった惨憺たる利用具合から、著者はNGを出す。仕事や遊び、地域での別個の人間関係をつくり、おのおのを充実させるような生き方をしてきた人が老人になって、急に団子のようなひとかたまりの選択余地無しの共同体参加をするわけはない、というのは、ちょっと考えてみれば当たり前のことだ。
戦後の個室文化が、子どもをニート化させ、老人を孤立させるのでイカン、という言説も、今、流行りの常識になりつつあるが、ここでも、著者は「暮らしの場所なら個室が原則」と断言。その心は「個室を経験した身体は、もとのような雑魚寝文化に耐えられない」というもので、これに同感する方がリアルというもの。世の中が行き詰まると、人はつい甘やかな古き良き時代に想いを馳せ、そのスタイルを今、に持ち込もうとするが、申し訳ないが、そんな単純なことで社会の諸問題が解決した事例を私は知らない。
この本を読むと、テレビから四六時中流れている、老後や介護、家族のあり方のモデルが、いかに夢夢しく、現実離れしているかが分かる。画面ではいい大人のゲストがポロポロ涙を出して、古き良き物語に共感を示しているが、それと自分の老後は別。
中年以上のオトナには、「家庭の医学」なみの一家に1冊本、でしょう。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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