2013.11.20 書評

日本のリーガル・サスペンスの
新しい里程標

文: 郷原 宏 (文芸評論家)

『検察側の罪人』 (雫井脩介 著)

『検察側の罪人』とは、考えてみれば奇妙な題名である。罪人は有罪の判決を受けた犯罪者、検察庁は被疑者を罪人にすべく取り調べて起訴する役所だから、検察側には被疑者、被告人、証人はいても、罪人はまだ存在しない理屈である。

 また、罪人を「罪を犯した人」と広く解釈したとしても、正義の番人たるべき検察側に犯罪者がいるはずはなく、いてはならないはずだから、これは本来ありえない話、あってはならない物語ということになる。

 竹内一郎氏の『人は見た目が9割』にならっていえば、「ミステリーは題名が9割」である。題名がよければ必ず傑作とは限らないが、いいミステリーは例外なく題名がいい。小泉喜美子の『弁護側の証人』(1963年)が出たとき、題名を見ただけで名作の予感がしたものだが、この作品も読み始める前からなにやらあやしい胸騒ぎがする。

 幕開けは、しかし、いたって平穏である。新60期司法修習生、すなわち法科大学院制度発足後最初の司法試験に合格した法曹の卵たちの研修会場で、検察教官の最上毅は1人の修習生に目を留める。沖野啓一郎と名乗るその青年は「法律という剣を究めて、世の中の悪を一刀両断にする……最上先生のおっしゃる通り、そんな検事になってみたいです」と目を輝かせた。最上はそこに若き日の自分の姿を重ね合わせる。

 それから5年後、地方の地検支部から東京地検に異動した沖野は、1年間の公判部勤務をへて刑事部に配属され、最上の下で捜査本部事件を担当することになる――といえば、大方の読者は、新米検事が尊敬する先輩の薫陶を受けて一人前の捜査検事に育っていく過程を描いた教養小説(ビルドゥングスロマン)の一種だと思うに違いない。

 だが、考えてみれば、『犯人に告ぐ』で大藪春彦賞を受賞した作家が、そんな退屈な小説を書くはずはない。ここまではいわば助走区間で、物語はここから一気にヒートアップする。

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検察側の罪人
雫井脩介・著

定価:1800円+税 発売日:2013年09月11日

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