「うちの家族は仲がいいし、大した資産もないから大丈夫」
相続のモメごとを解決するのが仕事、と話すと、たいていの人はこう言います。しかし事務所に相談に来る家族も、相続問題が発生するまでは、円満にやっていたケースが多いのです。
今は仲の良い家族であっても、いつまでも同じとは限りません。毎年、家族写真を撮影するお宅がありますが、きっとそこには、小さかった子どもたちが年々成長する姿が写っていることでしょう。まかり間違えばグレてしまうかもしれない。結婚相手に影響を受け、考え方が大きく変わってしまうこともあります。
相続問題が最近増えている大きな要因は、家族のあり方が変わってきたことにあると考えます。例えば最近は、母と娘の関係が一生を通じて濃密な家族が多くなっています。「ママも一緒に」から転じた「ままも族」です。たいていの場合、父親が先に亡くなります。残された母親と娘が連合軍になり、息子とその嫁チームと対立する、という構図をしばしば目にするのです。
都市への一極集中も、相続問題に拍車をかけています。上京は、人間関係のしがらみを断ち切らせます。都市在住の地方出身者が遠く離れた郷里の家族に対し、ドライに権利を要求するパターンが増えているのです。
近頃は、お盆や正月に帰省しても実家に泊まらない人が増えているとか。兄弟が結婚し実家の両親と同居している場合、かつての自室も無く、すでに自分の家とは感じられない。やむなく近くのホテルに泊まるということです。一番近い存在であるはずの家族と一緒にいても、自分だけの領域は確保しないと落ち着かないのでしょうか。
お互い気楽で良いですが、顔を合わせる機会が減ると、関係も自然と疎遠になりがちです。結果、いざ相続になると、いよいよ遠慮なく権利を主張し合うことになります。
それでも自分には関係がないと考えがちなのは、相続問題は資産家特有のものであるという固定観念ゆえです。しかし、実際に裁判までもつれる遺産分割で最も多いのは、資産1千万円から5千万円までの範囲です。分割しづらい不動産が含まれている相続であれば、典型的なケースともいえます。
資産の多寡に関係なく、相続が発生して遺言が存在しなければ、必ず相続人の間で遺産分割協議をしなければなりません。むしろ資産が多い方が、分けやすくてかえってモメない、とも言えるのです。
さらに、「資産が少なければ相続税の問題は関係がない」とも言っていられなくなりました。平成25年度税制改正により、基礎控除額が大きく減額されます。たとえば都心に家を持っていれば、サラリーマン世帯でも相続税と無縁ではなくなった、と言えるでしょう。
誰もが遺産分割だけでなく、相続税の基礎知識も持っておくべき時代になったと考え、本書を執筆しました。
本書は2章立てで、まず1章では「相続の手続き」のポイントを紹介します。ここでは遺産を分け合う「遺産分割協議」が最大の山場になります。現在の時代背景を踏まえ、「遺産分割協議でモメない鉄則6ヶ条」を章末にまとめました。
第2章は、相続税についての基礎知識と節税対策を紹介しました。「相続税の課税対象が拡大される」と言っても、誰しもが必ず課税されると決まったわけではありません。上手に控除や特例などを使えば課税されないケースもあります。相続税対策に必要な知識を、ぜひ正しく身に付けてください。
専門知識をわかりやすく、広く一般の人たちに伝える手段はないだろうか、と悩んでいた時、ふと思いついたのが、サザエさんでおなじみの磯野家をたとえに使うことでした。
すばる舎から刊行した『磯野家の相続』は初めての著書でしたが、編集者との打ち合わせの席で、なかなか法律の知識がうまく伝わらないことがありました。お婿さんでも相続人になれる、と誤解していた編集者に対して、「いいえ、波平が亡くなった場合、マスオは相続人にはなれません」と説明したところ、すぐに理解してもらえました。さすが、日本一有名な家族です。
相続とは、家族の誰かが亡くなること。冒頭の「うちは大丈夫」という言葉の裏には、「家族が亡くなる前から遺産分割の話など、縁起でもないし、はしたない」という日本人特有の「恥」の意識が潜んでいます。しかし、家族がいつまでも仲良くあり続けるためにこそ、事前に準備しておくべきだ、と思うのです。
相続は人の死が関わり、忌避されがちなテーマですが、明るく楽しく読んでいただければと思います。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。