多くの学生が「いま元気な会社」へ入りたがる。
一九七〇年代半ば、東京大学工学部の学生たちは、こぞって鉄鋼業界に就職した。当時、私は工学部助教授を務めていたが、ある年などは研究室の卒業生八人のうち、なんと七人が製鉄会社に行くという人気だった。
理由は簡単である。製造業のなかで鉄鋼業界の給料が圧倒的に高かったのだ。日本の製鉄会社は世界シェアの三割の鉄をつくっており、社員たちは、「鉄にあらずんば人にあらず」と口にするほど自信過剰だった。
当時、製鉄会社の多くは「基本的なプロセスの技術は同じだから」と半導体にも手を出した時期だった。たしかに鉄鋼業界には優秀な人材が集まっていた。資本も技術もある。新たな分野に切り込んでいっても失敗するはずがないという「鉄屋の傲慢」があった。
しかし、半導体のように市場の変化が激しい分野と、製鉄業のように一度、設備投資をしたら何十年も事業が継続するようなものでは、投資のスパンがまるで違う。半導体は新しい技術課題が次々と出てくる、発展速度が最も速い分野であり、事業運営にあたっては、ハイリスク・ハイリターンの大きな賭けであるという覚悟が必要とされる。
だが鉄鋼業界は、すでに成熟期に達しており、ローリスク・ローリターンの運営になりがちな状態であった。おそらく、投資の時期と規模を間違えるだろう、と私は考えていた。
私は鉄鋼業界に就職しようとする学生たちに、「必ず後悔するからやめた方がいい」と助言した。
なぜなら、鉄の生産量がこれ以上に大きく増えることはなく、半導体事業の失敗も目に見えていたからである。必要とする投資の時期と規模が鉄と半導体とでは全く違うのに、経営陣が鉄の尺度で半導体を測ろうとするに違いなく、それがもとで投資の時期と内容を誤るに違いないと私は考えたのである。
だが、学生たちは「先生は先が見えていないから」と言って、鉄鋼業界に就職していった。私は「お前よりよっぽどよく見えてるよ」と言ってやったが、誰も信じなかった。
現在でも、製鉄業は自前で行った技術開発と、高機能・高品質の製品によって、立派な産業として生きている。だが、うまくいくはずと考えて進出した半導体事業では、ことごとく失敗して、各社撤退を余儀なくされた。