――新刊『シューカツ!』は、マスコミへの就職を目指す七人の大学生の四季を描いた、直球の青春小説です。今回、就職活動をテーマに小説を書こうと思い立たれたきっかけは何ですか。
何人かの若手編集者から、彼らは就職氷河期世代なのですが、物凄く就活が厳しかったという話を聞いたからですね。実は僕自身は、新卒の時に就職活動を全くしていないので、彼らの話が、逆に、とても面白かったんです。
――石田さんは、小説執筆にあたり、あまり取材したり調べたりするのはお好きではない、とうかがっています。しかし、このお話では、今どきの就職活動の作法や手順が詳しく紹介されているし、主人公の千晴がアルバイトをしているファミリーレストランの舞台裏や、彼女がインターンを務めたテレビのワイドショー制作現場まで、臨場感あふれる筆致で描かれています。
今回は、何社かの若手編集者に話を聞いたり、新聞社の採用担当の人にも、面接の様子などを尋ねました。また、就職活動に関しては異常なくらいハウツー本が出ていまして、かなり参考になりました。テレビ局の現場に関しては、僕自身が出演したときの見聞が役に立ちましたね。
――今の学生は、OB訪問、OG訪問のときに手土産を持参するのですね。
値段まで、就職マニュアルで指示されていますよ。ここまでシステマティックに出来上がっている就職活動というものに自分を嵌(は)めていかなければならない学生たちの辛さ、というのはあると思いました。
――石田さんご自身は、大学時代、なぜ就職活動をしなかったのですか。
僕らの頃は、八〇年代前半で、景気が物凄くよくて、時代全体が多幸症(ユーフォリア)のような感じだったんです。就職をしないで、フリーランス、フリーターで生きる格好よさみたいなものが持て囃(はや)された時代だったんですよ。
――出始めの頃は、フリーターってブームでしたよね。今や完全にネガティブな響きの言葉になってしまいましたが。
「フロム・エー」の創刊が八二年で、僕が大学を卒業する前年なんです。だから、あまり後先考えずに、自分が会社員で満足するとも思えなかったので、フリーターになっちゃった、というところです。あとは、当時は十月一日が内定解禁日で、皆が一斉に社会人になるカードを貰うという、お仕着せ感が嫌だったんでしょうね。
――大学を卒業されてからは、具体的にはどう過ごされたのですか。
最初の二年間ぐらいは、色々なアルバイトを転々とし、時に掛け持ちしていました。工事現場だったり、警備員だったり、家庭教師だったり、倉庫のピッキング作業員だったり。特に辛くはなくて、のんびりと楽しい日々だったなあ、という記憶があります。
――やがて広告制作会社に入社される訳ですが、これは普通に就職活動をしたのですか。
というより、潜り込んだんですよね。制作プロダクションの求人は新聞や業界誌によく出ていますから、申し込んで、面接と筆記試験を受けて、何となく通って……。で、働き始めてみたら、意外と仕事の現場も楽しいものでした。
――就職されてからは、五年間に五、六社替わられたとか。
そうです。会社を辞めるというのは、一度やると、癖になるんですよ(笑)。制作会社の労働条件はとてつもなく苛酷で、よく上と衝突していました。
――やがてコピーライターとして独立されて、小説を書かれて、十年前にデビューされて……。
独立してから、二、三年はのんびりフリーランスをやっていました。収入はサラリーマン時代の三倍になりましたが、仕事は一日三、四時間で終わるので、圧倒的に暇になり、小説を書き始めたのです。
皆が前を向いて走っている中で
――今回の小説では、多様な業界がある中、マスコミを目指す若者に限定したところに、面白さの一因があるように思います。
新聞連載が始まったのが二〇〇七年一月ですが、その前から好景気が来ていたんです。大学の就職課の人に話を聞くと、少し前なら「この学生はどうだろう?」という子が上場企業の内定を三、四社もらってくる、という状況が始まっていて、それでは、作品に厳しさを出せないと思ったものですから。
――難しいことに挑戦する若者たちをお描きになりたかったのですか。
というより、何か訳のわからないものに集団で立ち向かっていく、その感じを出したかった。あとは、「働く」というテーマを真剣に考える時期って、一生のうちで就活の時しかないですから、それを分からないなりに考えていく、その手探りの感じがちゃんと書ければいいかな、と思いました。
――テンポがよくて、明るくて、可愛らしさのある小説ですが、暗い部分というのもちゃんとあります。千晴がバイト先で知り合う海老沢良というフリーターの造型が秀逸ですね。三十を超えた、非常に屈折した男性です。また、社会への恐怖から、部屋に引きこもってしまう大学生も出てきます。こうした人物たちが立ちはだかることによって、楽しいだけではなく、深みのある作品になっています。比較的登場人物が前を向いて走っている小説なので、この二人が止まっていることによって、奥行きが増していますよね。
ひきこもりに近い状態は、僕も学生時代に短期間ですが体験しましたので、彼らの心境が分かる部分があるんです。他の作品にも頻繁に登場しますし。フリーターに関しては、もし僕があのままどこの会社にも入らずにフリーターを続けていたら、こうなってしまったのかなあ、ということを考えながら書きました。
――彼が陰湿に、上司に理詰めで迫るところ、とてもリアルです。
社会の中で自分がきちんと評価されていないと感じている人、居場所が見つかっていない人は、デリケートですからね。
――ところで、また、就職が厳しくなってきているようです。
ええ。今年はまた大変です。しかし、新卒採用で正社員として入社しなきゃ絶対駄目なんだ、とは言いたくないですね。人生って分からないですから。
――小説の中の若者たちは「今が勝負! 今が勝負!」と合言葉のように言っていますけれど、石田さんご自身のお考えとしてはそうではないのですね。
単純に生涯賃金で比べてしまえば、白黒つくのかもしれませんが、人間は簡単には測れないですからね。上でも、下でも、幸せはそれぞれあるし、それぞれの不幸もあるので。
小説は、自分というフィルターを通して見た世界
――新聞連載だった作品ですが、原稿はまとめて渡されたのですか。
いや、違います。毎日毎日、ああ、もう間に合わない、もう間に合わない、と集中しながら書いていったんです。
――だから、あのスピード感なのでしょうか。
余裕があると、リズムのよさは出ないかもしれません。
――石田さんは、どんな仕事でもスピードを大切にされますよね。何か迷った時でも、とりあえず前に進める。そのライブ感というのが仕事に、作品に、装丁に表れてくるから、とおっしゃったことがあります。
仕事って、迷うのもいいんですが、スピード感やリズムが大切です。それが作品の切れ味につながるので。
――「池袋ウエストゲートパーク」シリーズではストリート系少年たちのサバイバルが描かれています。が、今回は、エリートというか、将来、マスコミでなくともホワイトカラーになるだろう、という若者たちが登場します。どちらが書きやすいですか。
小説は自分の世界の中でつくるものなので、特に何が書きやすい、書きにくい、ということはないんです。自分の見られる部分で見て書いている。自分がフィルターみたいなものなんです。そこを通して見ると、残るものは残るし、残らないものはきれいに流れてしまう。自分というフィルターを通して映る世界を書いているんです。
――今回のヒロインの千晴は、とても等身大のヒロインで、一昔前の少女マンガの主人公を思い出しました。頑張り屋で、前向きで、容姿は普通なんだけれど、ピンチの時には助けてくれる男の子があらわれたり。
可愛いですよね、彼女。でも、小説を書くときに、キャラクターをどう作ろう、というようなことは殆ど考えないんです。書いているうちに、そうなっちゃった、という感じなんです、いつも。
――すべて石田さんの中で自然に立ちあらわれてくるのですね。今回は登場人物たちが二十歳、二十一歳ということで非常に異性への興味が強い年頃の男女が出てきますが、あえてあまり恋愛方面にいきすぎないように注意してお書きになっている印象を受けました。
そうですね。恋愛に踏み込んでしまうと、映画的に言えば尺を取られてしまうので、淡いものにとどめました。
読んで「もう一度就職活動したくなりました」
――今年七月に小社から刊行された『非正規レジスタンス』の表題作の中で「仕事は誰でも金のためにやる。だが、同時に自分でなくてはできないかけがえのなさや誇りがもてない仕事は、人をでたらめに深いところで傷つけるのだ」とマコトが言っています。石田さんは、就職活動中の若者にどんな言葉をかけたいですか。
仕事のやりがいと収入のバランスをどうとるかという、難しい一歩を踏み出すのが、大人としての第一歩だと思うんです。だから、無理はしなくてもいいけれど、悔いのないように大学生活を送れればいいね、と言いたいです。
――作中の七人の就職活動の結果は、書き始める前から決まっていたんですか。
ほぼ決まっていました。ヒロインに関してのみ、どうしようかな、とは思っていましたけど。
――幅広いファン層をお持ちですが、今回の小説は、どんな読者に一番読んで欲しいですか。
今、迷っている人かなあ。かつての僕のように、皆と一緒に行動することとか、就職活動なんかすることに意味があるんだろうか、と、迷っている学生は沢山いると思うんですね。働き始めた若い人にも読んで欲しいし。
――マスコミ業界の人にも、ぜひ。少し初心に戻れるのではないでしょうか。この本を担当した校正者(女性、三十代)が、「もう一度就職活動したくなりました。あのヒリヒリした感じが懐かしいです」と言っていました。
僕も、自分にとってはファンタジーの世界を書いていたので、とても楽しかった。成功しても、失敗しても、そういうことができること自体が何か楽しそうだなあ、と。なので、もちろん就職しなくてもいいけれど、チャンスがあるのだったら、新卒採用、チャレンジしてみるのも面白いのかな、とは思いますね。
シューカツ!
発売日:2011年07月20日
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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