2014.09.10 書評

IWGPは私たちの物語だ

文: 辻村 深月 (作家)

『キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇』 (石田衣良 著)

 二十歳の夏、『池袋ウエストゲートパーク』と出会った。

 忘れもしない、大学時代の友達の家でのことだ。サークルの飲み会の帰りに寄ったその子の家の本棚に、『II少年計数機』とともに並んでいるのを見つけ、「おもしろいの?」と聞いた。

 この時に、「すごくおもしろいよ」と私に本を貸してくれた彼女に、今もずっと感謝している。

 ちょうど、ドラマ化され、それが人気を博していた頃だった。みんなに人気があるものには容易に飛びつきたくない……という厄介な自意識を抱えていた私は、けれど、本を開いて最初の一編で、このシリーズにノックアウトされた。

 人気があって当然だ、と思った。

 何故ならそれは、私たちの小説だったから。

 ものすごく軽やかで、とびきりの疾走感とともに心の奥にまで浸透してくる主人公マコトの語り口。生き生きとして、登場とともに圧倒的にビジュアルの浮かぶ魅力的なキャラクターたち。すぐ近くで起こりそうなほど生々しく感じられるのに、けれど最後までどうなるかわからずに展開する事件。

 そして、その顛末に毎度胸を鷲掴みにされる。登場人物の気持ちに共感して号泣したり、笑ったり、あるいは、かっこいい、と身悶えたり。

 十代を終えたばかりの私にとって、それは、夏の風が体を吹き抜けていったかのような、爽快な読書体験だった。

 どうしてこんなにもこの作品を「私たちの小説」だと捉えたのか。その謎が解けたように思ったのは、それからしばらくして、著者の石田衣良さんが矢沢あいさんの名作少女漫画『天使なんかじゃない』完全版に寄稿された解説を読んだ時だった。

 日本ではだいたい、学生の頃勉強ばかりしてぜんぜんモテなかっただろうなという人が、年を取り難しい顔をしてなにかをいうと評価されたりすることが多い。渋くて、硬くて、重いものがエライのだ。人生の不公平、社会の矛盾、恋愛なら不倫やどろどろの心中もの。そういうのが立派な芸術として認知されてきた。国語の教科書の最後に載ってる名作リストなんて、生きてるの嫌になっちゃったという嘆き節のオンパレードだ。だけど、ちょっと待ってもらいたい。あんたらの一生はそんなに苦しいことばかりだったのか。(中略)

 なぜ、そんなことになっちゃうんだろうか。実は答はカンタンだ。それは、渋くて、硬くて、重いものを扱うほうが、加工が簡単で手間がかからないから。生きるヨロコビとか、ふわふわと軽くて甘いキモチとか、周囲に向かって開かれたみずみずしいココロなんかを表現するほうが、固めた泥を流れ作業で扱うよりずっとずっと難しいのだ。

 この文章を読んだ時、まるで『池袋ウエストゲートパーク』と二度目の出会いを果たしたような気がした。私たちの好きな楽しさと明るさを備えたこのシリーズは、だからこそ私たちの味方の物語であり、無敵だ。大人が推奨する重たい物語を軽やかに打ち負かす強さと鋭さを持ちながら、「今」という時代の空気をこんなにも吸いこんでなお、少しも古びない普遍性を併せ持つ。マコトたちと一緒に感動したり、泣いたり、時には悔しさや怒りに駆られたり、とにかく自分自身の感情の全部を共振させながら、「こんなことが渋くて硬くて重たいものにできるか!」と、当時の私は、まるで自分が、敬遠する大人達にささやかな復讐を遂げた気持ちにすらなっていた。大人に押しつけられた“社会”という名前の物語を、しなやかな私たちの物語が貫いてくれたと実感した瞬間だった。

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キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇
石田衣良・著

定価:本体540円+税 発売日:2014年09月02日

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