書評

下流大学教師と女子大生の活躍する
ユーモア・ミステリー

文: 奥泉 光 (作家)

『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』 (奥泉光 著)

 もともとクワコーは『モーダルな事象』の登場人物です。主人公は探偵役の女性ジャズシンガーだったのですが、クワコーの部分が書いていて圧倒的に面白かったし、世界が広がっていったんです。今回、クワコーは新設大学の准教授の職に運よくありつくんですが、フリーターよりも安い給料でこき使われる。ところがなんとかそれで生活する楽しみをみつけるわけです。とことんダメなやつなんだけど生命力に満ちている、そのクワコーの姿がおもしろい。まあ、ユーモラスといってもいいでしょう。僕は、ユーモアは人を励まし生かすものだと思います。彼はまた自分の姿を客観的にみることもできるんです。自分の情けない姿を自ら笑うこともできる。そこからイロニーとユーモアが漂ってくるんですね。まだ彼は開き直って生活を立て直すところまでいってませんけど。

 ただクワコーには事件を解決する力はありません。探偵の役割は女子大生たちが担っています。なぜかホームレス生活をしていたり、彼女たちも個性豊かで、回を重ねるごとにそれぞれのキャラクターが動き出していくという楽しさがありました。

 いまの女子大生を書くために、コミケに行ったり、やおい系の雑誌を読んだりいろいろ研究もしました。大人の視線でみるとそんなことで幸せなのかと言いたくなることもあるのだけれど、彼女たちは彼女たちなりの世界をしっかり築いているんですね。

 この小説の舞台には、知的な研究や教育の場ではなくなりつつあるという、大学という世界が抱えている問題が影をおとしています。そこに通う学生たちは、いい就職など望めないかもしれない。それでも彼女たちは自分なりの目的をみつけて生き生きと活動している。それは一種の開き直りなのですが、そこからパワーを発揮するという人物を描きたかった。一般的な意味では夢や希望を持ちえない場所にいながら、幸せを目指していくという力強いイメージを打ち出したかったんです。

 デビュー以来多くの作品を書いてきましたけど、この作品ほど書いていて楽しかった作品はありません。これは僕の好きなジャズのセンスに通じています。例えば聴衆のいないロック・コンサートはありえませんが、ジャズは観客がいなくてもいいんですね。自分たちだけで演奏していても十分楽しい。なぜなら一番楽しんでいるのは演奏している本人たちだから。書き手の僕の楽しさを読者の方々にも楽しんでいただけたらと思っています。

桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活
奥泉 光・著

定価:1600円(税込) 発売日:2011年05月13日

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