文春写真館

進化し続ける建築を構想した黒川紀章

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

進化し続ける建築を構想した黒川紀章

 建築家黒川紀章は、昭和九年(一九三四年)愛知県生まれ。東海高校を経て、京都大学工学部建築学科を卒業する。東京大学大学院に進学、丹下健三の研究室に入り、指導を受ける。在学中に、黒川紀章建築都市設計事務所を設立する。

 五十年後の東京の都市のあり方を示した「東京計画1960」を、丹下研究室にいた磯崎新と中心になって構想する。

「住居とは住むための機械である」と提唱した近代建築界の巨匠ル・コルビジェに代表される機能主義建築に代わって、人間の血の通った建築が要求される時代や社会のニーズの変化に合わせて、新しい建築哲学を主張した。進化し続ける都市や建築の思想を「メタボリズム」と称して、粟津潔、槙文彦、菊竹清訓、栄久庵憲司らと、新しい都市計画案を積極的に展開した。

 昭和四十七年に銀座八丁目に完成した中銀カプセルタワービルは、増築、取り替え可能の住居で、「メタボリズム」の代表的作品として知られ、斬新な設計が大きな評判を得た。大阪万博では、東芝IHI館など三つのパビリオンの建築設計を担当した。

「人間の心を、どのように解放するか、これが、現代建築の課題です。交通・通信の発達によって、現代人には移動性、流動性が高まっている。私の言うところの『ホモ・モーベンス』です。移動空間を単なる動線と見ず、新たなコミュニティの成立の場としなければ、人間性あふれる都市づくりにならない」(「週刊文春」昭和五十六年十二月二十四日・三十一日号)

 このほかの主な建築は、以下の通り。

青山ベルコモンズ(昭和五十一年)、国立民族学博物館(昭和五十二年)、六本木プリンスホテル(昭和五十九年)、ベルリン日独センター(昭和六十三年)、ゴッホ美術館新館(平成十一年)、国立新美術館(平成十八年)。

 昭和五十八年、女優の若尾文子と結婚、大物同士の異色カップルとして注目を集め、若尾をたたえた「君はバロックだ」の台詞が有名となった。

 平成十九年、東京都知事選に出馬したが、落選した。

 平成十九年没。写真は平成八年撮影。

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