日本のマスコミはワンフレーズの四文字言葉にひどく弱いようである。
小泉内閣時代は「構造改革」路線に唱和しなければ、マスコミから“非国民”扱いされたし、今回誕生した鳩山内閣では「政権交代」に懐疑的まなざしを向ける者には、「時代を逆戻りさせるな」というバッシングの声で応えた。
鳩山家四代の金脈と血脈を検証した本書で、私が一番強調したかったのは、マスコミのこうした紋切り型の論調に対する批判である。
八月三十日に投開票が行われた総選挙で、民主党に大差をつけられて大敗を喫した自民党は、念願の総理になった鳩山由紀夫の祖父の鳩山一郎が保守合同により誕生させた政党である。
結党後、一貫して長期政権を維持してきたその自民党が、歴史の皮肉というべきか、五十四年を経て、自民党創設者の孫によって政権の座からひきずりおろされた。
だが日本のマスコミは「政権交代」騒動に血道をあげるばかりで、自民党を誕生させ、自壊させた保守合同の歴史的意味合いを検証しようとするメディアは皆無だった。「政権交代」という現代史の重大な転換点に立ち会いながら、日本のジャーナリズムが、今からわずか五十年あまり前の出来事について一言も言及しないのは、どうかしている。
こうして、日本人は昨日起きたことさえすぐ忘れ、歴史から何も学ばない情けない民族になってしまったのではないか。
保守合同の資金が、保全経済会という新興利殖組合によって調達されたことを知る人は、いまやほとんどいないだろう。
保全経済会を興したのは、伊藤斗福(ますとみ)という在日朝鮮人である。政界屈指のサラブレッドといわれる鳩山一族とは、正反対の境遇に生まれ育った斗福の数奇な生涯は、エリート一族にありがちな鳩山家の型通りの物語に比べて波瀾に満ちている。何よりも斗福の人生には、日本の戦後政治の裏面史がくっきりと刻まれている。
私はどんなノンフィクション作品に着手するときも必ず心がけてきたことがある。誰の心にもまっすぐ届く“小文字”で書くこと、主人公以上に魅力的なバイプレイヤーを見つけることである。