落城から60年後の汚名返上
とても珍しいことに、本文の筆を執る前に、すんなりと書名が決まった。会津若松城の開城の夜、八重が三の丸の雑物蔵の白壁に刻みつけた歌にちなんで『月影の道』。
それからは一直線だ。私の中の八重が立ち上がり、月影に照らされた道を真っ直ぐに歩き出す。表情が浮かぶ。声が聞こえる。怒りが、哀しみが、痛いほどに伝わってくる。実在した人物であるという枷から解き放たれて、生き生きと息づいていく。
中野竹子との友情。生き残った負い目。新島襄と育む愛。そして、長年「逆賊、朝敵」と呼ばれながらも、決して失わなかった会津人の誇り……。
私ごときが、それらを書くには、並々ならぬ気力と体力が必要となった。 ほとんど「残らず振り絞った」と言って良い。それでも、八重と切り結んでいた日々は、常に爽快だった。
執筆中には、これまでの人生の中で経験した憶えのないとてつもない哀しみと、魂が砕け散るほどの怒りに襲われる事態が起きた。しかし、その深すぎる哀しみと恐ろしいくらいの怒りすら、八重の心に寄り添う糧として受け入れようと努めることができた。
旧会津藩の人々は、瞠目すべき忍耐と奮励努力によって、落城から60年後の昭和3年に汚名返上を叶えた。ひるがえって私たち日本人は、四等国呼ばわりされた挙句に占領軍から押し付けられた憲法を66年経た今もなお戴いている。独立国といいながら、自主憲法制定すら叶わずに……。いささか乱暴な比較ではあるけれど、そんな思いが『月影の道』を書き終えた瞬間に、頭をよぎった。八重の生涯を書くことは、作家としての覚悟はもとより、日本人としての覚悟を試されるようなものだった。
今はただ、時代と格闘し続けた新島八重という誇り高き会津人と、ずっと伴走してくれた担当編集者、それから、八重を書かせてくれた多くの方々に心から感謝するばかりである。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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