インタビューほか

真実を求めつづけた強靭な宗教思想家

「本の話」編集部

『無量の光――親鸞聖人の生涯』上下 (津本陽 著)

──そういう下地があるからなのですね。『無量の光』を読むと親鸞聖人の難しい教えがすっとからだの中に入ってくるような気がします。

津本  私は一般向きでない小説家ですが、人生で二回も親鸞聖人のことを小説に書くことになりました。これは何か私に「書け」という思(おぼ)し召しがあったのかなと思いますね。いま八十歳ですが、書き始めた頃は完成するのは八十歳を超えるだろうと思っていました。それまで生きているだろうかということも考えましたよ。もし生きていたら親鸞聖人の七百五十回大遠忌(おんき)(二〇一二年)にお参りに行こうとは思っていましたが。

『弥陀の橋は』を書いて数年、今度『無量の光』を書くにあたって『教行信証』を何度も読んで、あ、こういうことだったのか、とあらためてつかめてくるところがありました。

──『弥陀の橋は』から『無量の光』まで七~八年空いていますが、その間、日本の置かれた状況も随分変わってきました。そういう、時代の背景の影響というのも小説には現われてきているのでしょうか。

津本  それはもちろんありますね。この七年間でものすごく社会が変わってしまいました。毎年三万人もの人が自殺するような日本の国を背景にこの小説を書いてきたわけです。

──もし親鸞聖人がいらしたら、現代の我々を救ってくださるのでしょうか。

津本  まあ、癒してくれるのでしょうね。親鸞聖人が生きた十二~十三世紀というのは社会政策など何もできない時代でした。農民などは年貢を毟(むし)り取られ、牛馬のように働かされて死んでいくような状況です。いまの日雇い派遣社員の待遇と共通するところがあるかもしれませんね。

  親鸞聖人はそういう人たちの魂の救済をされたんです。物質的な救済はできませんから、念仏を称えることによって極楽浄土に往生できると教える。それも最初「南無阿弥陀仏」と十回称えるといっていたのを、流行病で十回も称えられずに死んでいく人もいて、それが一回でいいということになっていきます。必死で救おうとしたんですね。

──歴史的に見て、いまも大変ですけれど、当時はさらにひどい時代だったのですね。

津本  戦乱が起き、飢饉(ききん)が発生し、子どもがばたばた死んでいますから、平均寿命も二十代だったのではないでしょうか。そういう時代、苦しむ人々に心の安定を与えようとしたんですね。その拠って立つところとして、お経を研究しました。お経はパーリー語で誕生し、インド、チベット、中国を経て日本にやってきました。親鸞聖人は訳に訳を重ねて釈迦の法理を突き詰めていったのです。

無量の光 上
津本 陽・著

定価:1800円(税込) 発売日:2009年12月09日

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無量の光 下
津本 陽・著

定価:1800円(税込) 発売日:2009年12月09日

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