- 2013.05.16
- 書評
手紙のすべてが、
二つの魂となって協奏している。
文:なかにし 礼
『命の往復書簡 2011~2013 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子 千住文子 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
それら手紙のすべてが、「思い邪なし」なのだ。2人が2つの魂となって協奏している。いや家族全員の魂が交響しているといっていい。だからどの手紙も唯一のものであり、無垢なるものなのだ。私は哲学書でも読むようにこの往復書簡を読んだ。ひたむきに生きて、ひたむきに悩む娘にたいして母は真剣に答え、ともに悩み、時には辛辣なことを言う。しかしそこには一片の曇りもない。この透明感がつまり千住家の色なのだと私は今更のように確信した。
読みながら私は幾度も目頭が熱くなったが、特にホスピスボランティアの場面(第五章・芸術とは何か)には泣かされた。
ホスピス院内の広場には医療用の施設や機械が立ち並んでいる。コンサートホールとは似ても似つかない場所だ。そこへ真理子の演奏を聴こうとして入院患者が続々とつめかけてくる。みずからの足で歩いてくる人ばかりではない。車椅子の人もいれば、ベッドごと運ばれてくる人もいる。音響の悪いその広場でたった一点、音の響く場所をみつけ、そこで真理子はストラディヴァリウス・デュランティを構え、そして弾きはじめた。
「集った方々はその肉体の苦しみにも負けず、ヴァイオリンの音や、その心を受入れようと熱心に聞いて下さった。それは個人個人の大切な命の時間だったに違いない。そしてその時、あの天女の幻の響が姿をあらわしたのを私は見た。音が輝いて天上で舞ったのだった」(210頁)
聴衆の中には翌日亡くなった人さえいた。最後の命をふりしぼって真理子の音楽を聴いたのだ。まさにこの時こそ生涯をヴァイオリンに賭けた千住真理子が法悦の詩をつかみ取った瞬間だった。
千住文子は夫亡き後、エッセイスト、また教育評論家としても活躍しておられる。が私はどうしてもそこに千住鎮雄の影を見てしまう。いや、千住鎮雄の魂は千住文子の肉体を借りて今なお生きつづけているといったほうがたぶん正しい。
博が小学4年、明が1年、真理子が幼稚園の時、千住鎮雄は妻と子供たちを自動車に乗せてアメリカ縦断2万キロの旅をした。アトランタ、ワシントン、ニューヨーク、デトロイト、シカゴ、カナダ、グランドキャニオン、ナイアガラの滝……6カ月にわたる長い旅の中で、3人の子供たちは宇宙と大自然の神秘を全身で浴び、創造の歓喜にうち震えたに違いない。すべてはあの時に始まっていたのである。
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