2014.10.24 書評

アメリカはなぜ本気で火星を目指すのか

文: 真山 仁

『売国』 (真山仁 著)

米では宇宙ベンチャーが躍進。小説『売国』で日本の宇宙産業に切り込んだ作家・真山仁が辿る、熱き現場と日本人研究者たち

 多くの日本人宇宙飛行士たちは、サインを求められると、“夢”という言葉を書き添える。人類が宇宙に行くというのは、確かに大きな夢であろう。だが、それを夢と記すうちは、宇宙は我々にとって現実味のない、はるか彼方の存在に過ぎない。

 一方このところ注目を浴びている米国の民間宇宙ベンチャーの一つ、スペースXの若き社長、イーロン・マスクは、「人類が火星に行くためにわが社を創業した」と断言している。

 それは大言壮語ではなく、同社はその目標に向かって着実に突き進んでいる。〇二年に起業したばかりなのに、無人ロケットを地球の周回軌道上に打ち上げただけでなく、国際宇宙ステーション(ISS)に民間企業として初めて輸送機のドッキングにも成功している。

 これは、米国の宇宙開発が新しいフェーズに入ったことを意味する。すなわち、国家プロジェクトであった宇宙開発分野に民間が積極的に参入し、産業化が始まったのだ。 「週刊文春」で連載中の宇宙開発をテーマにした小説『売国』の取材で、今年二月末に、アメリカを旅した。

 米国宇宙開発の現場をこの眼で見、宇宙を目指す民間企業の実状を知り、宇宙研究の中心地であるロサンゼルスで研鑽している若き日本人研究者たちから話を聞くためだ。

 ワシントンDC、ヒューストン、ロサンゼルスを八日で回るという強行軍だったが、収穫は大きかった。

 何より、宇宙に対する将来ビジョンの日米の温度差、さらには米国宇宙関係者が、日本の宇宙戦略を、いかに危惧しているのかを肌で感じた。それと同時に、単身アメリカに渡り、宇宙開発の最前線に飛び込む若い日本人研究者から聞く現状は、私の宇宙に対する認識を新たにしてくれた。

二〇三〇年代に人類は火星へ

 米国の宇宙関係者は本気で有人飛行による火星探査を考えている。

 火星を第二の地球として位置づけ、惑星環境を変化させ人類が住めるように改造するテラフォーミングの考えが、SFの世界では古くからある。

 火星の一日(自転周期)が、地球とほぼ同じ二四時間で、地軸が二五度傾いており四季も存在するためだ。

 実際、一九六〇年代から何度も探査機を火星に送っているが、それなりの結果が出たのは、二一世紀になってからだ。

 つまり、火星探査は困難を極める――。その最大の原因は、地球からの距離だ。

 火星は地球から約五五〇〇万キロ離れている。月との距離が約三八万キロなのを考えると、気が遠くなるような距離と言える。そのため、従来の探査機よりも強力な推進力のエンジン開発が必要であり、さらに宇宙飛行士が浴びる宇宙放射線対策など多くの困難な課題が山積みされている。

 にもかかわらず、オバマ大統領は、二〇一〇年に火星周回軌道に人類を送り込む計画を発表し、大型ロケット「SLS」と新型宇宙船「オリオン」の開発を進めている。これによって小惑星などにある稀少資源の採掘にあたり、火星をその拠点にするのだという。

 国内政治でめざましい結果が出せないオバマの苦肉の策だという嘲笑も聞こえたが、オバマ政権は、二〇三〇年代に火星周回軌道に有人宇宙船を乗せるための宇宙基本政策をまとめ、二〇一〇年から五年間、六〇億ドルの追加予算を投入して研究開発を行っている。

 二〇一一年に金食い虫と批判ばかりが多かったスペースシャトルを引退させた後、その後継機の開発も中断しているにもかかわらず、なぜそこまで強気な発言ができたのか。

 一つには、ISSで得た成果がある。長期間、宇宙飛行士が宇宙空間に滞在した実績、さらにはISSと地球との間に、世界中から無人輸送機が打ち上げられた(そこには日本の「こうのとり」も活躍している)手応えがある。

 そして、地球周回軌道周辺(低軌道)までのロケットや輸送機については、民間に委託するという舵切りを行った事で、火星への夢は一気に現実味を帯びたのだ。

 ISSに物資を運ぶ輸送機を民間に委ねると発表したのは、二〇〇六年のブッシュ政権の時代だ。その使命を最初に奪取したのが、スペースXとオービタル・サイエンシズの二社だ。

 両社とも、有能かつ果敢な若き経営者が、宇宙に行くことを現実の目標と捉え、徹底したコストカットと信頼性を兼ね備えた研究開発を手がけ、着実に成果を伸ばしてきた。

 莫大な費用と時間を要する国家プロジェクトだった宇宙開発に、経済的合理性を持ち込んだことで、これらの宇宙ベンチャーは飛躍的な成長を遂げている。

 両社のいずれもが、NASAの発想では考えられないほどのコストダウンに成功した。単純比較は難しいが、NASAが打ち上げる予算の一〇分の一以下でロケットの打ち上げが可能だと言われている。

 一方、我が国では昨年秋、次世代の固体燃料ロケットとして打ち上げに成功したイプシロンロケットで、先代機M-Vロケットの三分の一の三〇億円以下の費用を目指している。額だけを見るとスペースXがISS輸送機用に打ち上げているロケット、ファルコン9(約五四億円)よりも安価に見える。しかし、イプシロンがISSがいる低軌道上に打ち上げられるペイロード(積載量)は、一・二トンに過ぎないのに対して、ファルコン9は、九倍の一〇トンに及ぶ。同量のペイロードが可能な日本のH-IIAロケットの打ち上げ費用は、一〇〇億円で、ファルコン9の二倍近い。

 ここに国家プロジェクトとしてのロケットと、経済的合理性に則った輸送手段(ロジスティクス)としてのロケットの違いがくっきりと浮かんでいる。

売国
真山 仁・著

定価:本体1750円+税 発売日:2014年10月30日

詳しい内容はこちら



こちらもおすすめ
インタビューほかイプシロンに日本人技術者の魂を見た 的川泰宣(JAXA名誉教授)×真山仁(作家)(2014.10.24)
インタビューほか真山仁、『売国』を語る(2014.10.24)
特設サイト現代社会の光と影を見つめてきた真山仁が今回選んだのは「宇宙開発」 『ハゲタカ』から10年──。 真山仁が挑む新たなる境地『売国』(2014.10.24)