2014.10.24 インタビューほか

イプシロンに日本人技術者の魂を見た
的川泰宣(JAXA名誉教授)×真山仁(作家)

「文藝春秋」編集部

『売国』 (真山仁 著)

イプシロンに日本人技術者の魂を見た<br />的川泰宣(JAXA名誉教授)×真山仁(作家)

(左)的川泰宣(JAXA名誉教授)/(右)真山仁(作家)

「宇宙開発」をテーマにした『売国』。現場を知るたくさんの方に取材をした中で実現したのがこの対談。突然の計画中止、予算半減――。数々の苦難を乗り越え画期的なシステムを完成させた技術者たち。的川泰宣氏に「イプシロン」開発秘話を聞く。

真山 「未来を拓くロケット開発」をスローガンにして作られたイプシロンの初号機が打ち上げられました。2度の延期を経て、3度目の正直となりましたが、待望の打ち上げには胸が熱くなりました。的川さんは、プロジェクトマネージャーの森田泰弘さんとともに「イプシロン」の名付け親であり、ロケット開発の父である糸川英夫先生の直弟子で、日本のロケット開発を黎明期から支えていらっしゃいます。今日はイプシロン開発秘話から、日本のロケットの歴史、さらに未来に向けての構想についてお話を伺いたいと思います。

的川 イプシロンは不思議なほど正確で綺麗な軌道を描きました。私は打ち上げ当日は会議中で、残念ながら映像で見ただけなのですが。真山さんは打ち上げをご覧になったそうですね。

真山 私は8月27日も含め2回、鹿児島県・内之浦にほど近い宮原一般見学場に見に行きました。常連と思われる宇宙ファンから、初めて見に来た家族連れ。これまでの2度の打ち上げですっかり顔なじみになって会話を楽しんでいる人たちもいました。イプシロンが非常に愛されて、期待されているのがよく分かりました。

的川 今回は本当に皆さんに温かく見守っていただいたなと思います。

真山 2度延期したことで、皆、気持ちが高揚した部分もあったと思います。宮原見学場では皆でカウントダウンを大合唱。打ちあがったときには「キャー!」と悲鳴のような歓声が上がりました(笑)。私は冷静に見ようと思って双眼鏡でずっと見守っていたのですが、打ち上がった時には感極まって泣きそうになりました。「本当に来て良かったな……」という思いで胸がいっぱいになって。印象的だったのは「音」です。打ち上げの時に、どんな音がするだろうかと思っていたのですが、想像していたような轟音ではなくて、大きな花火があがるような「パチパチパチ」という音でした。ああ、いい音だなあと思いました。後から録音を聴くと、拍手の音と、打ちあがっている音と区別がつかない。まるで、飛び立ったロケットから、拍手が聞こえてきたような気がしました。

イプシロンの革新性とは

的川泰宣

的川 イプシロンの最も大きな開発要素は、ロケットに人工知能を持たせ、「自動・自律化」を可能にしたことです。これにより打ち上げのシステムが簡素化されました。例えば従来の打ち上げ前の点検は、数十万個の部品からなる様々な機械の組み立てが正常に行われているか、数百人の作業員が膨大な時間を費やして確認していました。イプシロンでは、その点検をコンピューターによって自律的に行います。打ち上げの際にも大人数が管制室に入っていましたが、今回採用した「モバイル管制」になると、ロケットに搭載した人工知能からのデータを判別し、パソコン上で状態を把握するだけでよくなります。今回は初号機だったので、パソコンは2台、管制室には8名で臨みましたが、今後はパソコン1台、人数は5名程度でロケットの発射管制ができるようになるでしょう。まさに管制システムが移動可能なモバイルとなるわけです。森田君は、実は20年前からロケットの「自動・自律システム」や「モバイル管制」といったアイデアを考えていたんです。

真山 20年も前からですか。従来のロケット開発は、性能をいかに向上させるかがテーマでした。しかし、イプシロンは「打ち上げシステムの改革」にアプローチしています。とても斬新な発想ですね。

的川 森田君はこれまでの打ち上げシステムを「アポロ方式」と呼んでいます。地上に何十台も点検装置や管制装置を配置し、時間も人の手間もかけてロケットを飛ばしている。ロケットの性能は日本初のペンシルロケット以来、約50年でどんどん進歩していますが、打ち上げシステムはアポロの時代から変わっていません。それがパソコン1台で打ち上げをすることができたら、相当なコスト削減になり、年間の打ち上げ頻度を大幅に増やすことも可能になります。何年に1度ではなくて、年間に10発くらい打ち上げたい。この新しいシステムが、より大きなロケットの発射に活用されれば、世界のロケット打ち上げのスタンダードも変わっていくと思います。

真山 それが、森田さんの仰る「イプシロン方式」ですね。このイプシロン方式が世界で認められれば、宇宙開発は日本の将来を担う重要な成長産業に育つ可能性があります。森田さんは覚えていらっしゃるか分かりませんが、私が以前インタビューをした際、「アポロ方式からイプシロン方式になさるのですね」と言ったら、森田さんが「それは良い表現ですね。使って良いですか」って仰って。それ以降使ってくださっています(笑)。 しかし一方で、現場ではコンピューターの「自律化」に対する反発もあったのではないですか。

的川 JAXA(宇宙航空研究開発機構)内部からの反発もありました。ベテランのエンジニアは、みな自分の考え方や技術に誇りを持っていますから。その技術と経験を直接用いず、コンピューターに評価と判定を任せることには抵抗があったのでしょう。打ち上げが1度延期になったときには、あるOBが私の所にきて、「ほらぁ」って(笑)。打ち上げが成功するまで「コンピューターで自律点検は出来ない」と密かに思っていた人も多かったのです。2010年に韓国の国際会議で、この自律化とモバイル管制のアイデアについて発表した時は、「できるわけがない」と言われました。聞いていた誰もが本当に出来るのか半信半疑だったと思います。でも、森田君は既に周囲の人と議論をし尽くして、自信を持っていた。海外の研究者の反応にも全然へこたれませんでした。発表してからの3、4年はゆるぎない信念で進んできたと思います。

売国
真山 仁・著

定価:本体1750円+税 発売日:2014年10月30日

詳しい内容はこちら

文藝春秋 2013年11月号

詳しい内容はこちら



こちらもおすすめ
特設サイト現代社会の光と影を見つめてきた真山仁が今回選んだのは「宇宙開発」 『ハゲタカ』から10年──。 真山仁が挑む新たなる境地『売国』(2014.10.24)
インタビューほか真山仁、『売国』を語る(2014.10.24)
書評アメリカはなぜ本気で火星を目指すのか(2014.10.24)