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奮闘する編集者が見つけたふたつのP

奮闘する編集者が見つけたふたつのP

文:大矢 博子 (書評家)

『プリティが多すぎる』 (大崎梢 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 物語は、千石社でトップの売上げを誇る「週刊千石」から「ピピン」編集部へ異動が決まった南吉こと新見が不貞腐(ふてくさ)れている場面で幕を開ける。学生時代からマスコミへの就職を目指して準備を重ね、見事難関の名門出版社に合格。はっきり言って、自信満々。ゆくゆくは文芸に異動してベストセラーを生み出す――というのが南吉の目標だった。

 ところが辞令は、あろうことかリボンだのハートだのフリルだのが飛び交うローティーン向けのファッション雑誌。この異動に南吉は不平たらたらだ。まったく興味が持てない。フリルが二段だろうが三段だろうがどうでもいい。安っぽい花柄のワンピースに、うさぎやくまがわざとらしくついたポーチ。今までの努力は、こんなところで水玉のスニーカーもどきにはしゃぐためじゃない。

 しかも正社員ではない契約の編集スタッフからは「大丈夫、やっていける?」「だめならだめで、そのときは上のえらいさんにでも言って、早めに替えてもらってよ」と言われてしまう。この時の南吉くんの心の声が奮っている。

 ――まるでこっちが無能みたいだ。だめ、じゃないよ。能力はある。物心ついてからこの方、自分の能力不足に悩んだことなど一度もない。/ただその力を発揮したくなるかが問題だろ。――

 人事異動というのは、社会人にはつきものだ。だから南吉くん(この呼び名もピピンに異動してからつけられたもので、本人は嫌がっている)には同情しないでもない。特に、思惑と違う人事異動を経験した人は、彼の気持ちがよくわかるだろう。けれどそれでも読者の大半は、彼の心の声を読んで「あ、こいつ、だめだ」と思ったのではないだろうか。

 南吉はおそらく、その勘違い故にピピンで失敗をするんだろうな。その失敗を通して学んでいく話なんだろうな――と予想されると思う。それは間違いではない。確かに南吉は失敗し、少しずつ編集者として必要なものを身につけていく。その過程には、ローティーン向けのファッション雑誌という世界ならではの内側の話がたくさん登場し、「うわあ、この世界ってそうなのか」という新鮮な驚きも楽しめるという趣向……なのだが。

 実はここがくせ者だ。南吉が失敗するごとに、当初「あ、こいつ、だめだ」と南吉を見下した刃が自分に返ってくるのである。

 たとえば「PINK」の章で、南吉は雑誌の企画を出すように言われ、五つの案を考える。ここを読んだとき、私は「おや、なかなかいいじゃないか」と思った。ところが南吉案はもののみごとにスルーされる。その理由がわかったとき、南吉案をいいじゃないかと思った私もまた、ピピンに配属されたら同じ失敗をするだろうと愕然としたのである。

 南吉は特別な存在ではない。誰しも南吉になり得るのだ。ファッション雑誌の編集という業界が舞台でありながら、どの仕事にも、どの読者にも通じる普遍性を持っているのである。

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文春文庫
プリティが多すぎる
大崎梢

定価:748円(税込)発売日:2014年10月10日

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