歪な人間心理を見事に活写した『愚行録』の映画公開も控え、さらに注目が集まる貫井徳郎さん。新刊は、解き明かされる不器用な男の真実が胸を打つ、感動の長編小説だ。
「他の作品のイメージからでしょうか、連載開始当初は、『主人公は、悪い奴ですよね』って聞かれたりしましたが、今回は違うんです(笑)」
栃木に、「けして上手いとはいえない絵が、住宅の壁一面に描かれた町がある」と知ったフリーライターの鈴木は、現地を訪れる。
「今回の小説執筆のきっかけは、テレビで見た台湾の『彩虹眷村(ツァイフォンチェンツン)』という村で実際にあった出来事でした。やはり、町じゅうの家の壁に極彩色の絵を描くおじいさんがいて、それを見に観光客がやってくる。ただ、番組では描く理由まではわからず、それなら自分が書いてみようかと……」
実際に、現地で絵を見た鈴木は、なぜ男は絵を描きつづけるのかに興味を持ち、その絵の描き手である伊苅重吾(いかりじゅうご)という中年男性に取材を試みる。だが伊苅の口は重く、周囲の人に聞いても、その理由はよく分からない。
「もともと時代小説が好きで、葉室麟(はむろりん)さんの『蜩(ひぐらし)ノ記』のように、時間軸を遡る構成で、寡黙な男の感情が、ラストにあふれ出す、そういう話を書いてみたかった。このモチーフを考えていて、ある日、物語を構成する“五つの箱”が、頭にふと降りてきました。ふだんは、書きながらストーリーを考えたり、ラストだけを考えてから書き始めることが多く、今回のようにここまで道筋がはっきり見えて書くのは、初めてのことかもしれません」
そして物語は、伊苅の家族や、青春時代、友人たちへと巡っていく。そして、その“五つの箱”がすべて開いたとき、物語の景色が見事に一変する。
「読み終えたときに、『面白かった』だけで終わるのではなく、読者の方に『忘れられない』物語を書きたい、とずっと考えてきました。この作品は、厳密な意味でのミステリーではないのですが、いままでの作品で培ったミステリー的手法をつぎ込んでいます。一方で、読者に、より物語を引き寄せてもらうため、ミステリーではあまりしない、“詳しく書きすぎないこと”を選択することに苦心しました」
“引き算”のマジックが、ラストにもたらすのは、想像外の衝撃と深い感動だ。そして、それを味わった読者は、おそらくすぐに冒頭から読み返さずにいられないのではないか。
デビュー作以来、既存の枠を破るべく挑戦しつづけてきた著者の、さらなる試みを感じさせる大きな作品だ。