恋人がある日とつぜん「歴女(レキジョ)」になってしまったら?(「歴史がいっぱい」)
役者志望の青年がいつのまにかオレオレ詐欺のメンバーに(「俺だよ、俺。」)
……など、荻原さんの新著が描くのは、2012年の「いま」を象徴するような社会現象や流行の数々。自費出版、ツイッター、自己啓発本ブーム、婚活パーティ、リストラ等々、テーマはじつに多岐にわたっている。
「この短篇集の主人公は、『時代』だと思っています。ふだん生活していて、なんとなく『おや?』と思うこと、大勢の人が『イエス』と言うけれど、本当はちょっと違うんじゃないの? と感じること、そういう中から小説の素材を探してみようと思ったんです」
収録作のうち、もっとも書くのに苦労したのは、節電をテーマにした「原発がともす灯の下で」だったという。
「あと1作書けば本にまとまるな、何を書こうかな、と考えている時期に、東日本大震災が起こりました。震災は軽々には扱えない重たいテーマ。でも『時代が主人公』なのに、震災をまったく無視して他のことを書くのもおかしい。悩んだ挙句、物のない時代を経験した80代のおばあちゃんの目に、にわか節電に盛り上がるいまどきの家族の姿はどう見えるのか、それを書いてみようと思いつきました。
自分は、時代という大きな川の流れの観察者でいたい――なんて言うとカッコつけすぎですね(笑)。たいていの場合、僕もその流れに足を突っ込んで流されかけていることが多くて、そんな自分に対しても『それでいいのか、お前は』と、よくツッコミを入れています。去年の夏、『原発が~』を書いているときも、ふと『ずっと動かしてるこのパソコンの消費電力は何ワット?』と思い、けっこう電気を使っていることに驚いて、パソコンは消せないので、あわててエアコンを止めてみたりして(笑)」
そういう荻原さんだからこそ、不器用で情けない、けれど懸命に日々を生きようとする主人公たちを描く筆には温かいエールがこめられているように感じられるのだが、
「いえ。書いているときの僕の心はけっこう邪悪です(笑)。自己啓発本にハマる青年なんて、『そんな法則で仕事も恋愛もうまくいくわけないだろ!』って呆れながら書いてましたし。でもそういう気持ちをストレートに出しすぎると、『今どきの若者は……』を小説で書いちゃう説教臭いオッサンになってしまうし、何より小説として面白くなくなる。だから、ここは読者に伝えたいと思うところほど、オブラートに包み、できるだけユーモアを盛り込んで書くように心がけているんです」
幸せになる百通りの方法
発売日:2014年09月19日
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笑ってヘコむ平成の小市民史
2014.08.14書評