星野博美さんの『転がる香港に苔は生えない』との出会いは、ぼくにとって忘れがたい思い出になっている。分厚い新刊書を書店で手にとったとき、著者についても内容についても何も知らないのに、これはすごい本にちがいないという確信めいた思いに襲われた。若い男女が顔を寄せ合った、著者自身の撮影によるカバー写真があまりに魅力的な輝きを放っていたのである。そして全編を読み終えたとき、どうしてもこの写真の現場を自分の目で見たいという思いに駆られた。その後香港に出かけた際、星野さんが暮らした深水埗(しゃむすいぽ)を訪れて念願を果たすことができた。
『転がる香港に苔は生えない』以前の南中国紀行ももちろん読んだし、新しいエッセイが出るたびに夢中になって読み、同時に『華南体感』、『ホンコンフラワー』という二冊の写真集にも親しんできた。そういう読者にとって、星野作品は何よりもまず旅とともにあり、異郷体験をその中核とするものだった。『謝々!チャイニーズ』しかり、『愚か者、中国をゆく』しかり。異国の光景のただなかに分け入り、そこで暮らす人々の日常を生き生きととらえる術において、星野さんの右に出る者はいない。そこに描き出される、見も知らぬ人々があまりに身近に迫ってきて、他人のような気がしなくなってしまうほどである。そんな才能に恵まれた作者が、異国から母国に目を転じたとき、いったい何をつかみ取るのか。
自分の国を見つめる視線を研ぎすませる方向性は、エッセイ集『銭湯の女神』以降、顕著になっていった。香港から帰国してのち、猫を愛でつつ、コンビニ、ファミレス、銭湯などを日々のおもな居場所とする単身生活者の立場から、現在の日本に対する違和感や、ときおり僥倖のように訪れる他人とのあたたかな触れ合いを描きとめるスタイルが確立された。しかしまた、そこに浮かびあがる星野さん自身の孤独やメランコリーに、読者としては胸を突かれることもしばしばだった。旅先よりも、むしろ自分の国で異邦人となってしまったかのようなパラドクスが、重くのしかかってきたのである。そこにひとつの転機が訪れた。星野さんは十九年ぶりに五反田の実家に戻り、両親とともに暮らすようになる。そして自分の家族のルーツを追い始めたのだ。思いがけない発見の感動に満ちたその記録が本書である。
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