出発点となったのは、父方の祖父が遺した手記だった。星野さんは十五年前にその「古びた便箋やノートの束」を預かったものの、これまであえて封印してきた。そこに記されている内容が、自分自身の根っこに深く関わるものであると想像がつくだけに、軽々に手を出したくないという思いがあったのだろう。親戚のおばあさんの葬儀に出て、ふと「親戚の多くが鬼籍に」入りつつあることに気づいたとき、星野さんはその手記と初めて向い合い、一族のルーツを探る調査を開始する。その調査は、四百年におよぶ時空の広がりの中へと著者を導き、読者もまた興味津々の展開に瞠目させられることとなる。
何しろ、「?」と思わず首をひねってしまうような謎が何度も浮上してくる。早い話が、表題にもなっている「コンニャク屋」だ。亡き祖父・量太郎は千葉の外房、岩和田という漁師町の漁師の出だが、その屋号がなぜか「コンニャク屋」なのだという。著者はこれまでその屋号にまったく疑問を持たずにきた。当事者とはそういうものだろう。当たり前に思えていた事柄をいざ考え直してみると、そのとき、物事にはすべてそれなりの由来があったのだという真実が迫ってくる。この本はそうした瞬間に満ちている。ちなみに「コンニャク屋」とはかつて、おでん屋をやっていたことがあったところからきた名前だった。海を相手に「板子(いたご)一枚 下地獄」の覚悟で挑む漁師とは、状況によっては別の商売でしのぎつつまた海に戻るという才覚を必要とする、厳しい職業だったのである。
人の家の来歴に詳しくなっても仕方がないようなものだが、読者はとにかく「もっと知りたい」という気持ちに駆られてしまう。ひとえに、星野さんが最初の部分で漁師の世界に対する興味、さらには賛嘆の念を熱く吹き込んでくれているためだろう。「類のない大漁の日」に生まれた祖父は、本当は「漁太郎」と名づけられるはずだった。「こんなかっこいい名前がこの世にあるだろうか」という著者の言葉には、大好きだった祖父への、そして祖父が育った海の文化への理屈抜きの称賛と共感が脈打っている。こちらもその気持ちに打たれ、亡きおじいさんがたどった人生行路に引き込まれずにはいられなくなる。また、将来どういう職につくかわからないのだから「漁」ではなく「量」にしておけと、役所の係員が親切な口出しをしたという逸話にはすでに、第一次産業から工業による大量生産時代へのシフトがまざまざと予告されていて、読者は歴史的なドラマとしての本書の側面にも強く引きつけられるのだ。
量太郎は岩和田から同郷の先輩を頼って十三歳で上京し、やがて五反田で町工場の経営に乗り出し成功した。誠実な筆致に人柄のにじむその手記の記述にみちびかれて、星野さんは漁師町を尋ね、東京の街を歩き、史書も参照しながら探訪を重ねる。やがて、千葉・岩和田の住民が元々は紀州から船でやってきたことが判明する。そこで浮き彫りになるのは、日本の漁師が懸命に生き抜いてきた近世史の実態である。魚群を追いかけて遠征し、よりよい生活を求めて果敢に海を渡った漁師たちの軌跡がよみがえるのだ。江戸時代の幕藩体制は彼らを過酷にしめつけた。それでもなお力を合わせて活路を開いた、へこたれない者たちの姿が、ページの上に躍動し始める。自分の家の先祖探しという個人的な動機から出発して、大きな歴史の潮流をとらえた点に、本書の功績があることはまちがいない。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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