「日露戦争そのものは国民の心情においてはたしかに祖国防衛戦争であった」〔あとがき5〕
しかし、批判ということでいえば、右のような日露戦争についての司馬の評価も、連載当時の風潮からすれば多くの知識人にとって受け入れ難いものだった。いまの若い読者は気がつかないかもしれないが、司馬遼太郎という歴史小説家は異説の人であり、その作品は偶像破壊的なものが少なくない。いま司馬作品は多くの人にとって「常識」となり偶像破壊の対象ですらあるが、当時は必ずしもそうではなかった。
「この天才は、敵の旗艦スワロフやオスラービアなどが猛炎をあげて沈もうとしているとき、そのことに勝ちを感ずるよりも、明治をささえてつづいてきたなにごとかがこの瞬間において消え去ってゆく光景をその目で見たのかもしれない」〔あとがき5〕
秋山真之は日本海海戦での勝利後、宗教的なものに傾斜する。少年時代、司馬は徳冨蘆花の『寄生木(やどりぎ)』を読んだが、この小説は、乃木希典の書生となり優秀な成績で陸軍に入りながら挫折した人物の手記を元にしたもので、「そのころの私に絶望を教えた」〔あとがき5〕。その蘆花は日露戦争後、〈日本よ、爾は成人せり。はたして成長せるや〉と激しく問うた。「蘆花の憂鬱が真之を襲うのもこの時期である」〔同〕。
「頭の中の夜の闇が深く遠く、その中を蒸気機関車が黒い無数の貨車の列をひきずりつつ轟々と通りすぎて行った」〔あとがき6〕
作品を書き上げたときの感慨である。膨大な文献を渉猟し深く思いを巡らしたが「その切迫感が私の40代のおびただしい時間を費やさせてしまった」〔同〕。
6つの「あとがき」では作品で秘されていた思いが吐露されていると言おうとして、やや理屈っぽい話になってしまった。今回の「100人の名言」は、登場人物たちの生き生きとした言葉を収録した新書であり、なによりも快活な「坂の上の雲」の言葉の世界を楽しんでいただけるはずである。
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