「あなたには学校もあるし友だちもいます。でも私にはあなたしかいません」
「犬との10の約束(犬の十戒)」と呼ばれる、ネイティブアメリカンの伝承を去年はじめて目にしたとき、その一行から目を離せなくなり、うろたえるほど揺さぶられた。スロウの記憶、その温み、黒い滲むような瞳があふれだすように脳裡に甦った。スロウは母犬とはぐれた野犬で、庭をうろついているところを祖父に拾われた。幼いせいか警戒心が弱く、自然の中では生きにくいだろうと、祖父は飼うことにしたのだ。
人はいろいろな人と出会い、その中から友人や家族となる人を選んでゆく。しかし犬は、誰に飼われるかを選ぶことができず、出会ったとき、その人と生きることを決められてしまう。よくも悪くも、出会いイコール運命。スロウは祖父に拾われ、祖父と私がすべてだった。生涯を委ねられていたのに、その彼女を私は忘れていたのだ。
また、「10の約束」には、「私は10年くらいしか生きられません。だから一緒にいる時間を大切にしてください」とも書かれている。飼い主よりも後に生まれ、その人を追い越し、先に死んでゆく。その短い寿命もまた、犬という生き物の運命。
私は、一緒に過ごしてやれなかったことを遅ればせながらも悔やみ、悲しく思った。
犬を飼う時は、その犬が運命をまっとうできるよう「10の約束」をしてほしい。その願いが、この物語を書くきっかけだった。
あかりというヒロインが12歳のときに足先の白い犬と出会う。平凡に見えた犬は、白い足にちなんでソックスと名づけられ、他の犬とは交換できない、かけがえのない存在になってゆく。ソックスはあかりの人生に寄り添い、友人とも家族とも違う名づけようのない関係を結びながら、あかりの心の深い部分に入り込む。運命を託し、託された絆で結ばれているはずのあかりとソックス。しかし、恋をし、将来の目標に夢中になるにつれ、あかりはソックスの存在にイラ立ちを覚えるように……。
ソックスの晩年を詳しく描くことは、ふた夏を共に過ごしたスロウの知り得ない晩年を夢想することと重なり、書いているあいだずっと胸に痛みがともなった。犬の一生である十数年という日々は、ともすると瞬く間に過ぎてしまう。約束をするのは簡単だが、守り続けることは難しい。その時が近づいて慌てふためくのではなく、いつも思い出すことの大切さも、伝えたかった。
「10の約束」の最後の一行はこう結ばれる。「どうか覚えていてください、私がずっとあなたを愛していたことを」