書評

なぜ、朝鮮通信使を書いたのか?

文: 荒山 徹 (作家)

『朝鮮通信使いま肇まる』 (荒山徹 著)

 いわゆる「朝鮮通信使」は、李氏朝鮮王朝(一三九二―一八九七年)が日本に派遣した外交使節団のことです。

 日本側の時代区分では室町、織豊、江戸そして明治の四つの時代にわたっておりまして、その名称も、二度ばかり変更がありました(回答兼刷還使、修信使)。

 室町時代に三回、織豊時代に二回、江戸時代に十二回、明治時代に二回と、合計すれば十九回実行された通信使のうち、これはと思う回を適宜選択し、連作形式の短篇集に仕立て上げたのが拙作『朝鮮通信使いま肇まる』です。

 朝鮮通信使といいますと、なぜだか奇怪千万なことに、江戸時代に行なわれた十二回にばかり焦点が当てられていて、四年前の二〇〇七年、一六〇七年の第六回のものを起点に「朝鮮通信使四百年」などという偽装表示が大々的に行なわれたことなど、記憶に新しいところです。

 さて――。

 日朝関係史を主題に書き続けているわたしにとり、朝鮮通信使は避けて通れぬ素材と申さねばなりません。十九回のうち、どれが最も印象的だったかと問われれば、一五九〇年に来日して豊臣秀吉との対面を果たした第四回の通信使と答えましょう。時あたかも秀吉の朝鮮出兵――文禄の役の始まるわずか二年前のことでした。

 新たに日本の支配者となった秀吉が朝鮮を侵略するのではないかという懸念は日増しに高まっていて、時の朝鮮王は、その真意を見定める目的もあり、通信使の派遣を決断したことだったでしょう。

 ところが――。

 帰国した正使と副使の報告は正反対のものとなりました。

 正使は、秀吉は虎のような人物で、必ずや出兵してくるから、備えが必要であると力説したのに対し、副使は秀吉など鼠の如き輩で、朝鮮を攻めてくるのはあり得ないと否定したのです。

 どちらが正しかったか、その後の歴史が証明するところです。

 この副使の名は金誠一(キムソンイル)といって、なぜ彼が判断を誤ったのか、爾来いろいろ語られてきました。その諸説の一つ一つが興味深いものですし、また金誠一は日本軍と対戦中、早くに陣没するのですが、彼がどのような思いで従軍し、死に至ったのか――その心中を察することも、小説家としての想像力をかきたててやみません。

朝鮮通信使いま肇まる
荒山 徹・著

定価:1750円(税込) 発売日:2011年05月21日

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