書評

兼業作家と取材

文: 石持 浅海 (作家)

『ブック・ジャングル』 (石持浅海 著)

 既にあちこちに書いているからご存じの方も多いと思うけれど、僕はサラリーマン兼業作家である。

 両立は大変でしょうね、とよくコメントされる。実際に大変だから「ええ」と答えるしかない。ただ、会社と執筆は時間的に競合するわけだけれど、いい面もちゃんとあるのだ。会社生活をしていると、同僚から自分が欲しない情報が入ってくる。これが小説に幅を与えるのだ。一方、会社での業務も多少は発想力を必要とするから、ミステリ小説を書くときのような突飛な思考も必要となる。そんな際に、同僚たちより少しだけ高くジャンプできる。これもまた、いい影響といっていいだろう。

 もちろん兼業のデメリットも少なくない。先ほど時間的に競合すると書いたが、すべてはそれに由来する。執筆時間は絶対的に少ないし、資料を読み込む時間も同様だ。さらに致命的なことに、平日の昼間は会社に拘束されるから、取材に行けないのだ。

 ロケハンならば、問題ない。休日に済ませられるから、ハンディキャップにならない。しかしその道のプロから情報を得ようとすれば、どうしても取材が必要となる。取材するには、日時を先方の都合に合わせなければならない。兼業作家には、それが現実問題としてほぼ不可能だ。だからデビュー以来、取材の必要な題材は、丁寧に避けてきた。

 閉ざされた空間で、主人公が知力の限りを尽くして逃げる話を書きたい。

 本書『ブック・ジャングル』の原型を思いついたのは、五年以上前のことだ。元々、閉鎖環境を本格ミステリの舞台にすることを、得意にしてきた。当時の僕は、それを冒険小説に使えないかと考えたらしい。コーヒーを飲みながら議論するのではなく、身体を使って行動する。そんな物語は造れないか。

 逃げるというくらいだから、追ってくる敵が必要だ。敵をラジコンヘリにすることは、すぐに思いついた。閉ざされた空間は、ほとんどの場合屋内だ。だったら安価な屋内専用のラジコンヘリが使える。ラジコンヘリが襲ってくる。操縦者はすぐ近くにいるはずなのに、決して姿を見せない。よし、この不気味さはいいぞ。


 では、閉鎖空間を具体的にどのような場所に設定するのか。ここが問題だった。最初に想定したのは、東京駅八重洲地下街だ。そこそこの広さがあるのに、きちんと閉鎖空間になっている。深夜の営業時間終了後ならば、余人の関与も防げる。深夜の地下街を飛び回る、ラジコンヘリ。舞台として、なかなか魅力的に思えた。

 けれど、実際に物語を当てはめてみると、使えないことがわかった。地下街には、隠れる場所がないのだ。主人公たちはもちろん、操縦者が身を隠せない。それでは、物語の基本骨格が成立しない。さて、どうしよう。

ブック・ジャングル
石持 浅海・著

定価:1680円(税込) 発売日:2011年05月27日

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