東京に来てすごく驚いたのは、近所のおばあさんたちが着ていたモンペと同じ柄の布が、おしゃれな店で売られていたことだ。高級ホテルが蛍を庭に放って客に見せたり、農作業が娯楽になったり、都会に持っていくと田舎の日常は非日常になる。では、田舎に都会の非日常が入ってきたら? 思いもよらない風景があぶり出されるのが、辻村深月の『水底フェスタ』だ。
まずタイトルから想起したのは、泡坂妻夫の『湖底のまつり』。旅行で山間の村を訪れた若い女性が、急に増水した川に流され、助けてくれた青年と一夜を過ごす。廃墟でのめくるめく情事、祭りの興奮、湖の底に沈んだ集落……さまざまな要素が複雑に絡み合い、読む者を幻惑させる長編ミステリーだ。モチーフの共通点もあるが、『水底フェスタ』の文章がたたえるしっとりとした情感が、過去の名作の記憶を甦らせたのである。しかも、現代に書かれた物語ならではの面白さもある。
舞台は六ヶ岳(むつがたけ)という架空の山岳地帯の南麓に位置する睦ッ代(むつしろ)村。面積は広大で人口密度は低いにもかかわらず、平成の市町村合併を経ても独立を保つことができている。東京の日馬(くさま)開発という企業と組んで誘致した「ムツシロ・ロック・フェスティバル」が成功したからだ。国内外から人気アーティストが集まり、野外ステージで演奏する音楽イベントは観光の目玉になった。
睦ッ代村に住む高校生・湧谷広海(わきやひろみ)がフェスで織場由貴美(おりばゆきみ)を目撃するところから物語は動きだす。由貴美は地元出身のモデル・女優・歌手で、広海よりも八歳年上。映画でエキセントリックな役を演じ脚光を浴びたこともあったものの、最近はメディアで目にする回数が減っている。会場で売っている睦ッ織のストールを身につけた由貴美の姿に、広海は衝撃を受ける。高いだけでダサい、村の若者は誰も買わない名産品が、ブランド品のように洗練されて見えたのだ。
友達が少なく、文化芸術に耽溺し、自分は他人とはちがう特別な存在だと思っている。自意識過剰の若者を、辻村さんはこれまでの作品でも描いてきた。広海にもその傾向はある。しかし『オーダーメイド殺人クラブ』の主人公のような閉塞感は希薄だ。田舎育ちだけれど『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』の登場人物のように格差に対して敏感でもない。恵まれた家庭に生まれた男の子だからというのもあるし、父の存在も大きいだろう。父の飛雄は村長なのに偉ぶらず、エッジの立った音楽を好み、フェスにも積極的に参加する。旧弊な村社会においては珍しいタイプだ。
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