私の手元に、セピア色に褪せた一枚の写真がある。
満二歳の誕生日に、母方の祖父と一緒に撮ったものだと、裏に書かれてある。いかにも謹厳実直な、明治の軍人といった風貌の祖父に抱かれている、私が着ているのは、モノクロの色褪せた写真からでもそれと窺える、立派な着物である。
終戦から四年、女性たちは、自分の着物を次々に農家にもって行き、食べ物と取り替えてもらっていた時期を経て、手元には大したものも残っていなかっただろう時代に、私が着ているのは、やや違和感を覚えるほど立派な着物だ。
それは、明治天皇の皇后であった昭憲皇太后からのご下賜の品ということで、よく見ると、大輪の(私がまだ小さいから、相対的にそう見えるのだろうが)菊の御紋の刺繍が施してある。
母方の祖父の家は、代々松平家に仕えた武士の家で、曾祖父は任命されて県知事まで務めた人であると聞く。
私の祖父は、優秀な成績で飛び級をして陸軍士官学校に入ったのだと、小さい頃から聞かされていた。
その祖父の姻戚に当たる女性が、昭憲皇太后の女官として宮中に上がっていたのだが、その人が、皇太后様から下賜されたのが、件の着物であった。
『明治宮殿のさんざめき』には、多くの雅な宮中行事を通して、明治天皇その人の人となりや、天皇を取り巻く高官や小姓たちの様子が、さりげないユーモアを含んだ筆致で描かれている。
そして、彼ら男性たちにもまして、明治宮殿を事実上動かしている奥の女性達の姿に、興味と共感が尽きない思いがする。
宮殿とはやはり、洋の東西を問わず、女性達のものなのだということを納得させられる方も多いだろう。