ベッドの上の生と性
『午後の遺言状』のテーマが「老人の問題」なら、著者にとって本書は対をなす書、“老いの公開状――我が生と性”であったに違いない。
狭い赤坂のマンションの寝室いっぱいに広がっていた外国製のダブルベッド。女の買い物などには付き合いそうもない著者が、横浜の家具屋まで一緒に買いに行ったとさらりと書くベッドが、その生と性の象徴のように機能している。そこは毎晩妻と肌を接する場所であり、余命1年に当たる時期の夜中、妻のか細い声に起こされて「すみません、背中をさすって」と頼まれる場所であり、衰弱が目立ってきた妻を寝かしつけてから自分も体を横たえる場所であり、ベッドと三面鏡の間の細い隙間にすっぽりはさまった妻を救出しようとして汗だくになり、思わず2人で笑い転げた場所であり、6畳の自室で眠り込んでいた妻に肩を貸してベッドに誘導しながら、妻が快適に過ごせる病院に入れようと決心する場所でもある。12月12日入院、19日銀座の餡パンを持って行くと勢いよく食べるが無理しているようであり、20日病室に2人っきりになったすきに冒頭の口づけをする。22日永眠。享年70という早すぎる死だった。
不倫27年、結婚生活16年。著者はこう書く。自分に家庭があったころの孤独に乙羽さんは焼かれたが、自分にも一家団欒があったわけではない、と。離婚はしない、しかしこの女を愛すると覚悟した男もまた、日陰の女でいいと言い張った女同様、茨の道を歩いたのである。
「乙羽さんのはげしいぶつかりがなかったら、わたしたちの仲はつづかなかったかもしれない」。
愛の最も誠実で変質しにくい部分とは、男なら責任感、女なら敬慕の念かもしれないと、ふと思う。名文が作る余白に、昭和の純愛が植わった希有の男女のロマンスなのだった。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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