- 2016.03.25
- 書評
「勉強する意味、あるの?」と思ってしまったあなたのための物語
文:太田 あや (フリーライター)
『国語、数学、理科、誘拐』 (青柳碧人 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
東京から電車で四十分。君川というベッドタウンにある「JSS進学塾」がこの物語の舞台です。塾長である加賀見成一が三十年前に立ち上げた、小学五年生から中学三年生までが通う個人塾です。講師は、基本的にこの塾の卒業生。同じ地域で育ち、似た経験をしているからこそできるきめ細かな指導がウリの、地域密着型の塾として信頼を集めてきました。
さて、物語のキーパーソンとなるのがこの塾の五人の学生講師たち。彼らみんな、とてもユニークなんです。
社会担当の一色正嗣は、リーダー的存在で、手品が得意。英語・国語担当の月谷優子は、理屈っぽく、英文法を直訳したような話し方をします。体育会系である本庄拓郎は、理科担当。生徒のアニキ的存在です。社会・国語担当の西川麻子は、世界の国名、首都名、国旗、日本の市町村はすべて丸暗記。生粋の地理オタクです。そして、「JSS進学塾」三十年の歴史の中で最も数学的センスを持つと言われる織田楓。いつも大きなリボンをつけていて、その頭の中は計算のことばかり。
この個性豊かな学生講師が揃う「JSS進学塾」に一通のメールが届きます。タイトルは「誘拐のお知らせ」。塾生である小学六年生の山下愛子を誘拐したとの内容でした。犯人からの要求は、身代金五千円。それを一円玉に換金し、千円ずつにわけて五人の講師に持たせファミレスに来い、というのです。ファミレスで待っていると、犯人から一人ずつ呼び出しがあり、行った場所に用意されていたのは、それぞれが得意とする科目の問題。「こんなふざけたことをするのはあいつしかいない」と五人は、塾に恨みを持って辞めた元塾講師を疑い始めるのですが、するとそいつが目の前に現れて……という、なんとも不可思議な誘拐事件なのです。
この事件の顛末は、本書を読んでいただくとして、本書よりも先にこの解説を読んでいる方は、五人の講師たちが、それぞれが受け持つ教科の知識を武器に推理を働かせ、一致団結して誘拐事件を解決する物語だと思うでしょう。
もちろん、本書はそういうお話です。そういう意味では期待を裏切りません。ただ、ヒリヒリした緊迫したサスペンス、という感じではないんです。彼らはどこかマイペースで、つっこみどころ満載で。
西川麻子は、犯人から出された地理の問題で悩ましい箇所があっても、制限時間をオーバーしようが携帯で調べるなんてことを絶対にしません。地理オタクとしてのプライドが許さないのです。
織田楓は、身代金五千円を一円玉に換金すると聞くと、頭の中は、五千枚の一円玉の体積を求める計算が始まってしまいます。
犯人からの連絡を待っている講師室でも、月谷の発した「馬が~ではないのと同様に~」という言い回しから、A whale is no more a fish than a horse is.(馬が魚でないのと同様に、クジラもまた魚ではない)という『クジラ構文』の話で盛り上がる。
彼らは、あきれるくらい勉強が好きなんです。そのスタンスは、誘拐事件が起ころうが変わらない。
私の周りにもいます。早くから自分の好きなことを見つけ、それに没頭するあまり、自分の文脈でしか物事が見えなくなっている人たち。変わっているなと感じるけど、でもね、そんな人たちと話しているとすごく楽しいんです。違う世界の見え方を教えてくれたり、楽しいと感じることへの貪欲さを感じさせてくれたりして。
本書ではそんな人たちが、あーだこーだと言いながら誘拐事件に立ち向かう。ここに、この物語の楽しさ、魅力があります。
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