- 2016.03.25
- 書評
「勉強する意味、あるの?」と思ってしまったあなたのための物語
文:太田 あや (フリーライター)
『国語、数学、理科、誘拐』 (青柳碧人 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
この「JSS進学塾」には、いろいろな生徒が通っています。親の期待に応えるためだけに必死で勉強している子、両親の不仲に心を痛めている子、夢があるのに成績が伸び悩んでいる子、授業中にわざと難しい質問をして先生を困らせる子、いじめっ子。
その親もさまざまです。子どもの成績が上がらないのは塾のせいだと異常にクレームをつける親に、子どもに無関心な親。
でも、著者の青柳さんは、どの登場人物に対しても悪い感情を抱かせないのです。誘拐事件が起こるのに悪人は一人もいない。
ああ、そういうことなんだと思いました。
本文では加賀見塾長から言われたこととして織田楓が語る言葉。
「勉強するってことは、知識や応用力とともに余裕を手に入れることなんだ。そうなるとね、人に優しくできるんだって」
これは、青柳さん自身のことなんだなと思ったんです。
青柳さんは、塾講師という経歴から、勉強というものに人一倍真摯に向き合ってきたと思います。一度しかお会いしていませんが、豊かな知識を得てきた方が持つ余裕のある知性を感じさせる方でした。
勝手な想像ですが、青柳さんは、多くの知識と応用力を得て、それをさまざまなタイプの生徒に教えることを通じて多様な視点を身につけ、それが人と関わるさいの余裕や優しさになったのではないでしょうか。
「こんな問題もわからないのかよ」というガリ勉くんの口癖を、「勉強ばかりで気持ち悪い」と貶(おとし)めてくる同級生から自分を守るための言葉なんだと代弁する。
夫との関係に悩み、子どもに冷たい態度をとる母親に対し、「娘のことを大事に思っていない親なんていない。ただ、夫婦間にトラブルが生じたことによって、自分が親であることに戸惑って、子どもへの接し方が分からなくなっているだけなんだ」と、その不器用な親心に寄り添う。
だから、本書に登場する困った人たち、誘拐犯だって、どこか悲しみをたたえたいとおしい人として見えてくるのです。
この物語全体に漂うユーモア、読後にじわっとくる温かい感情は青柳さんの余裕、優しさでもあるのです。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。