
──今年、第十七回松本清張賞を受賞したのは、村木嵐(らん)さんの「マルガリータ」である。 戦国末、九州の切支丹大名であった大友宗麟、大村純忠、有馬晴信が、四人の少年を名代としてローマに派遣した。天正遣欧少年使節である。彼らはヨーロッパ各地で大歓迎を受け、ローマでは教皇にも謁見(えっけん)する。 しかし、八年後に帰国した彼らを待っていたのは禁教であり、信徒に対する厳しい弾圧だった。 四人の内、ある者は布教の道半ばで倒れ、また国外に追放され、拷問の中で殉教する。ところが、その中でただひとり、信仰を捨てた者がいた。それが千々石(ちぢわ)ミゲルである。大村純忠の甥でもあったミゲルの棄教の謎をめぐって、これまでさまざまな説が唱えられてきた。 村木さんの「マルガリータ」は、ミゲルの妻となった「珠(たま)」という女性の目を通して、その謎に迫った作品である。
村木 この作品を書こうと思ったのは、たまたま読んでいた資料に天正遣欧使節のことが書いてあったのがきっかけでした。「ああ、昔、教科書に出てたなあ」と懐かしく読んでいたんですが、その中で、千々石ミゲルが棄教したと書いてあって、すごくびっくりしたんです。
私には、信じられませんでした。そんなことがあるはずはない。ミゲルは絶対に棄教していない。おこがましいかもしれないけれど、ミゲルのために通説を覆したいという気持ちで書き始めた小説なのです。
──村木さん自身、キリスト教の信者でもある。信仰や殉教といったテーマは、切実なものとして迫る。
村木 といっても、私は大人になってからカトリックの洗礼を受けたので、根っからのクリスチャンではないんです。教理もよくわかっているわけではありませんし、私自身が珠に近い立場かもしれません。