お蔭様で文庫「髪結い伊三次捕物余話」のシリーズも第10話を迎えることができました。これもひとえに文藝春秋のご厚意と読者の皆様のお引き立てによるものと感謝しております。
今年の4月でデビュー19年になりますが、デビュー当初から書き続けている作品は、この伊三次のシリーズだけです。よくも飽きもせず書き続けられたものと、私自身も驚いております。
ひと口に19年と申しても、その間には様々なことがあったはずですが、過ぎてしまえば何事もなかったかのように思えるから不思議です。
私は髪結い伊三次を書いた、ただそれだけです。また、それだけで満足している自分がおります。
主人公の伊三次は私にとって好ましい男性の1人です。地位も名誉もなく、ついでにお金もなく、身につけた髪結い職人の技術と奉行所の同心の小者(こもの=手下)という役割を担(にな)って、事件解決に尽力して来ました。その事件から垣間見える人間模様が実はこのシリーズの主眼で、作品の外題の「髪結い伊三次捕物余話」の余話は、そういう意味でつけたものです。
読者の皆様からは、もっと伊三次とお文のはらはらするような展開が読みたいとのご要望もありますが、私に言わせれば、めでたく2人は夫婦になったのだから、彼らの恋愛は完結しており、それ以上、何を求めることがあるのか、ということなのです。伊三次がお文以外の女性に魅(ひ)かれるのは私の本意ではありません。一介の髪結い職人が深川芸者だった女性を女房にできたのは、普通に考えてもあり得ない話です。伊三次はそれを十分にわかっているのです。ですから、伊三次はこれからもお文ひとすじで、浮気することはありません(多分)。子供も生まれ、2人の関係が世の夫婦とさほど変わらないものになっているのも自然な流れかと思っております。
以後、家族の話や、2人を取り巻く人々の話に移行して行くのも、また自然の流れでしょう。ただ、家族の話というのも、和気藹々(わきあいあい)と進むだけでは、つまらないと思うのです。だいたい私はへそ曲りなので、建築メーカーのCMの、絵に描いたような家族の姿には、けッ、と思ってしまう質(たち)なのです。
家を建てたらローンがついて回るし、光熱費だって以前より高くなるはずです。おまけに子供がいれば、進学するためのお金も用意しなければなりません。
切り詰められるところは極力切り詰めなければなりません。そういう部分は微塵も感じさせず、週末にはバーベキューなんぞをして、家族の幸せを謳歌しております。現実問題を棚に上げているところが私には、呑気に思えてなりません。まあそれは、家を建てられない者のひがみだと言われたら返す言葉もありませんが。
心に吹く風
発売日:2015年03月27日
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