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笹本稜平 × 木村大作<br />『春を背負って』が問いかけるもの

笹本稜平 × 木村大作
『春を背負って』が問いかけるもの

「本の話」編集部

『春を背負って』著者 × 映画監督 対談


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

山小屋という場所

笹本 山小屋というのは、ある意味、非常に不思議な場所なんですよね。山小屋に来る人は、みんな“下界”では満たされない何かを求めて、山を目指す。日常の世界とは違うもうひとつの場所に行って、何かと出会いたいという期待があるんだろうと思うんです。山小屋自体が、そういう人たちを受け入れてくれる。

 私自身も、かつては、北八ケ岳の山小屋によく泊まったんですが、そういう小屋の親父さんというのは商売抜きのようなところがあって、こっちが差し入れに一升瓶を持っていくと、逆にストックの酒を出してきて、「まあ、呑め呑め」という話になる。すると早発ちのお客さんから、「いい加減にしろ」って親父さんが怒られたりする(笑)。 

 下界ではまずないような人と人の気持ちの触れ合いというんでしょうか、当時は作家になろうなんて思ってませんでしたが、物書きになって、山を舞台にした小説を書くようになって、ヒマラヤみたいな厳しい山ばかりじゃなくて、こういう世界も大事にしなきゃいけない、いずれ作品にしたいなと考えていたんです。

木村 僕なんかも山小屋にいくと、1人になりたいときは誰もいない大部屋の布団で寝転がっているけど、ちょっと人恋しくなったら、談話室みたいな場所に行く。そこでは、初めて会う人とでも、ちょっとしたきっかけでどんどん話が弾んでいく。なんでそんなことができるかといえば、山に登ってくる人たちというのは、都会の垢みたいなものを、全部落して登ってくるから、人間が素なんですね。だから話していてあったかい気持ちになれるし、「今日はいい人と出会ったな」という気持ちにもなる。話に飽きたら、また寝転がって雑誌を眺めていても、誰も何も言わない。ああいう生活は都会では得難い。だから苦しい思いしても、みんな山に登るんでしょう。僕だって、山に登るのは嫌なんですよ、本当は。

笹本 そうなんですか(笑)。

木村 何だか山のオーソリティーみたいに言われてますが、スタッフのなかでも、僕が一番弱いしね。いつも「何のためにこんなとこ、こんな思いして登ってるんだろうな」と思ってますよ(笑)。でも何で登るかといえば、大自然の素晴らしさもさることながら、山に登ると、下界のことは一切忘れることができるからね。

笹本 損得を抜いた打算のないところで、人間と人間が素の状態で付き合えるのが、山小屋という世界ですよね。人生の何か大事な部分をうまくすくいあげてくれる、とても魅力的な場所だなと思います。そういう意味では、山小屋を舞台にした小説って、もっとあってよかったんだけど、これまであんまり書かれなかったんですね。

木村 本当にそうですね。原作では、ゴロさんが下界においていろいろと複雑な問題を抱えて、山にやってきて、それに亨の父である勇夫さんが、黙って救いの手を差しのべる。映画では、原作とはやや違いますが、蒼井優が演じる高澤愛(原作における美由紀)がやっぱりいろいろな問題を抱えて山小屋にやってきたときに、勇夫さんが何も詮索せずに、受け入れたことに感謝して、「この山小屋で生きていくんだ」と決心する。まさに「人生の避難小屋」なんです。その人の過去がどうあれ、あるがままをそのまま容認しあって、付き合っていける。

笹本 そういう場所にいると、肩書きとか、下界での生活を訊くまでもなく、相手の人間性のようなものが自然と分かっちゃう部分があるんですよね。

木村 映画では、立山にある大汝休憩所を「梓小屋」(映画では「菫<すみれ>小屋」)として使ったんです。そこの小屋番の人とは、僕はもう5年のつきあいになるけど、彼の過去なんて聞いたことなかった。それがこの間、何かの拍子にポロっと「自分は建築屋だった」というのを聞かされて、「えーっ」と驚いたくらいで、実際に山ってそういう場所なんだよね。

笹本 そうですね。猜疑心や打算で人と付き合うのも、確かに人間のひとつの本質かもしれないけど、逆に、あるがままの相手を打算なしに受け入れることができるところも、人間の本質だと思うんですね。どちらも小説の題材になりうるんですが、『春を背負って』では後者、下界での暮らしでは忘れちゃっている本質、「人間っていいものだよ」という、人が本来持っている善性の部分が、自分なりに賭けたという実感は持っています。

【次ページ】主人公・長嶺亨の成長物語として

『春を背負って』
笹本稜平・著

定価:590円+税 発売日:2014年03月07日

詳しい内容はこちら
映画『春を背負って』公式サイト(外部サイトになります)

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