山岳小説の旗手、笹本稜平氏が奥秩父の山小屋に集う人々の人生の物語を紡ぎ、新境地を開いた『春を背負って』を、監督デビュー作『劔岳 点の記』が絶賛された木村大作監督が満を持して映画化、ついに2014年6月14日・全国東宝系で公開される。 人はなぜ山に惹かれるのか。そして2人はなぜ山を描き続けるのか。原作者と映画監督が、創作の秘密に触れながら、すべてを語り尽くす――。
――まず最初に木村監督は、この原作とどういう風に出会って、どこに惹かれたのか、おうかがいしたいのですが。
木村 『春を背負って』の単行本(2011年5月刊)が出た直後に、たまたま書店で手にとったんです。僕は本屋にいくと、いつも棚に並んだ背表紙だけずーっと眺めていって、何かひっかかるタイトルがあったら、手を伸ばす。このときも『春を背負って』というタイトルが目にバーンと飛び込んできて、ひらめくものを感じた。本を引き抜いて初めて「あ、笹本さんの本だ」と気づいたんです。というのは、僕は笹本さんの山を舞台にした作品は、実は全部読んでおりまして……。
笹本 有難うございます(笑)。
木村 ただ、そのときは、笹本さんの本だと知らなかったくらいで、タイトルを見ても山の話だとは思わなかった。ちょっと立ち読みしたら、山小屋を舞台にした話だったんで、すぐに買って帰って一気に読んで、「これは映画になるんじゃないか」と確信したんです。
僕が一番惹かれたのは、「背負って」という言葉です。まさにこの本で笹本先生が描かれた通り、人間誰しも、人生のある時点までいったら、みんな何かを背負っているわけですよ。これはすごく映画的だな、と思った。
笹本 タイトルにはいつも苦労するんですが、『春を背負って』は珍しくいい形で決まりました。この作品は、もともとは『オール讀物』に連作短編として掲載されたんですが、その第1作目の最後に、ゴロさんが春の小屋開きの荷物を背負って山を登ってくる場面があった。その姿が主人公の亨には希望の象徴に見えた。「あ、これだ」と感じて、そのイメージそのままに『春を背負って』とタイトルにしたんです。
木村 もちろん内容もタイトルから受けたインスピレーションを裏切らないものだったので、「善は急げ」ですぐに笹本先生にお会いして、「ぜひ映画にしたい」と申し出たんです。
――笹本先生は、そのとき、どう思われたのですか?
笹本 正直、ちょっと意外でしたね。木村監督といえば、カメラマンとして参加された『八甲田山』(森谷司郎監督)や、初監督作品の『剱岳 点の記』(2009年)など、雪山を撮らせたら第一人者という認識はありましたが、いずれもハードな題材で、そちらを得意にされているイメージが強かったもので、果たして『春を背負って』の世界観と合うのかな、気になったのも事実です。
木村 いや、それは全員思ってましたよ。こういうハートウォーミングで爽やかな作品は、木村大作には無理なんじゃないか、って(笑)。僕だけは「今に見てろ」って思ってたんだけどね。
ただ、笹本さんにお会いしたときに、舞台を原作の奥秩父から立山連峰に変えさせてほしいとお願いしました。映画にする場合、奥秩父が舞台だと、周囲の景色も含めてどうしても和んでしまう。原作が描いている人生の厳しさであったり、逆にだからこそ感じられる人間の温かさみたいなものは、より厳しい自然のなかで撮影することで、際立つんじゃないかという狙いがありました。
笹本 私自身は、木村監督の世界観が一番発揮される場所で撮影したほうが納得のいくものに仕上がるのではないかと思い、こだわりはありませんでした。ロケーションが変わっても、この作品の本質である、山小屋での人と人との出会い、ふれあい、その中で生まれてくる温かいもの……そういったところはきっちり押さえてくださるだろうと期待したんです。
木村 映画のキャッチコピーに「標高3000m――悠久の大自然に描かれる、“家族”の物語。」とあるとおり、ものすごく温かいさわやかな物語に仕上がりました。