主人公・長嶺亨の成長物語として
――笹本先生は、立山の撮影現場にも見学に行かれたそうですが、いかがでしたか。
笹本 それこそ、何10年ぶりに山に登ったんで、バテバテでしたね(苦笑)。
木村 ハハハ。僕もキツいんですが、映画界では「目高で撮る」という言葉があるんです。自分の目の高さで撮るという意味ですが、そのためには実際にその場所に行くしかない。ヘリ撮影なんていうのは邪道なわけです。僕の信条は、とにかく本物を撮ること、その場所に本当に行って撮れば、それは観る人に必ず伝わる。僕は「厳しさの中にしか美しさはないんだぞっ」って始終怒鳴っている人間ですから(笑)。
笹本 あのときも怒鳴ってらっしゃいましたね(笑)。しかし『八甲田山』なんて、改めて観ると、「撮影隊、これでよく生きて帰ったな」と思いますね。
木村 あのときは、森谷司郎監督と橋本忍さん(脚本)が、3時間も4時間も歩いて、いちいち1人ひとりが死んだ場所に行くんだよね。僕はまだ若かったから、「蔵王のスキー場の脇でも撮れるじゃないか」と思ってましたけどね(笑)。でも、やっぱり嘘ついちゃいけないんだよ。日本人はそういうものを見抜く力があるんですよ。
笹本 『春を背負って』も標高3000メートルの現場でしたが、皆さん、元気で、とてもいい雰囲気でしたよね。
木村 スタッフ総勢17名でゴロ寝するわけですから、もう家族みたいなものなんですね。キャスト(亨=松山ケンイチ、愛=蒼井優、亨の母=壇ふみ、亨の父=小林薫、ゴロさん=豊川悦司)がよかったでしょう。
笹本 よかったですね。
木村 僕が今回、蒼井優ちゃんを口説くときに「あなたみたいにテレビコマーシャルであんなに大口開けて笑える女優は古今東西見たことない。それをこの映画でもやってほしい」と言ったんです。厳しい山の生活だからこそ、彼女のそういう素の強さみたいなものが欲しかったんです。それから松山さんはNHKの大河ドラマで「平清盛」をやりきったところで、新たなステージを求めていた。彼は青森生まれだから、雪の中を歩く後ろ姿がやっぱり、しっかりしているんですね。それを見て、「あ、こいつは大丈夫だ」と思ったんだけど、現場では俳優さんが一番強かったね。
――木村監督は、原作における主人公の亨については、どう思われましたか?
木村 映画をつくる立場でいえば、本当はゴロさんを主人公にするのが、一番、つくりやすいんですよ。ゴロさんには、個人的にも思い入れしやすい部分もあって、映画では、普段自分が言ってるような言葉を言わせたりもしてます。一方で、映画としては、やはり若者が様々な経験を通じて成長していく姿というのは観客の共感を得やすいんですよね。
笹本 小説家の立場でいえば、最初から完成してしまった人間を出してもつまらないんです。小説の入り口では未完成だった登場人間が、物語のなかで様々な経験をして、小説の出口では成長している。それを私は作品を書くうえで大事にしています。自分自身が読み手の立場でも、やはりそういう要素を求めてしまうんです。
木村 映画でも長嶺徹の成長物語という部分は、大きなテーマとして描いたつもりです。映画を撮っているうちに僕の中で、原作における亨と松山さんが重なってきて、最初はちょっとつかみどころのなかった若者が、1人の男に成長していく姿を見たように思います。
笹本 映画と小説というのは、表現手法が根本的に異なるわけです。映画では、沈黙の場面で、俳優さんの表情や演技の間などで、いろんな感情や情景を表現できますが、小説ではそれを言葉で埋めるしかない。今回の映画でも、俳優さんの演技の力で、亨や彼を取り巻く人々の成長がどう描かれているのか楽しみにしています。
木村 ゴロさんが倒れて入院する場面で、映画ではゴロさんに「人とのつながりがなければ、人間生きていけない」と言わせているんですが、最初は見も知らなかった人たちが、どんどん繋がっていって、その繋がりを「背負って」いくことが生きていくうえで大きな支えになる。笹本先生が原作で描こうとされたのもそういうことだと思うし、僕もそれが一番大切だと思ったんです。この作品は、若い人たちだけに向けたものではなくて、年末に「宝くじ」売り場に並んでいるような普通の人たち、それぞれの人生を背負って生きているあらゆる人たちに向けた物語だと思っているんです。
笹本 私自身も、これまでの人生を通じて背負ってきたいろいろな思いが、作中の人物の言葉というかたちで、自然にあふれてきたような気がします。もちろん書いてる最中は、楽ではなかったですけど、書き終えてすごく幸せな気分になれた作品です。
木村 僕もまったく同じですね。つくっている最中、現場にいくために山をひたすら歩いているときなんか、「なんでこんなキツいことやってるんだろう」ってことばかり考えているけど、終わってみれば、やはり得難い経験をしているんですよね。ただ、もし次回作があるとしても、次は山はもうやめておこうかと……。
笹本 そんなに。
木村 いやあ、しんどいですよ。
笹本 そうですよね。けれど小説を書く作業は山登りと似ていて、その最中には、なんでこんな商売選んだんだと考え込むこともありますが、自分で納得いく作品に仕上がったときは、そういう苦労もぜんぶ頭から蒸発しちゃうんです。辛いことをぜんぶ忘れるから、またやっちゃうことになる。
木村 うーん、そうなんだよなあ。そこが最大の問題なんですよ(笑)。
※この対談は、文春文庫版『春を背負って』(2014年3月10日発売)に、特別対談として収録されたものです。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。