- 2015.10.26
- 書評
豊富なネタとコミカルな登場人物たち、痛快ユーモアミステリ誕生!
文:大矢 博子 (書評家)
『ホテル・コンシェルジュ』 (門井慶喜 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
第二話「共産主義的自由競争」は、バーのマスターが電話で革命の相談をしている! と清長が大騒ぎする話。第三話「女たちのビフォーアフター」は、化粧品訪問販売員の失踪事件。第四話「宿泊客ではないけれど」はちょっと目先を変えて、麻奈の祖父の謎めいた遺言。そして最終話「マダムス・ファミリー」では、あき子伯母と清長の母親の仁義なき戦いが描かれる。
それぞれまったくタイプの異なる事件で、モチーフは世界史から鉄道模型まで多岐にわたるし、九鬼の謎解きもバラエティに富んでいる。清長のアホぼんっぷりはほとんどギャグ漫画の域だし、コミックリリーフという役割をはみ出るほどの存在感を放つあき子伯母など、キャラクターもチョーがつくほど個性的だ。
さて、本作の謎解きには、門井作品の多くに共通する特徴がある。
それは、謎を解くのに特定の知識が必要、ということ。
第一話や第二話はあるものを見たことがなければ解けないし、第三話はローカルな知識がなければ解けないし、第四話も特定ジャンルの知識が要る。おそらく予備知識の有無にかかわらず読者が推理可能なのは第五話だけではないだろうか。
――ダメじゃん! フェアじゃないじゃん! 解けないじゃん! と思った? そう、確かに、「それ」を知らなければ読者が九鬼より先に真相に到達することはできない。知っている人には常識でも、知らない人は推理のしようがない。そういうタイプのミステリである。
だが、実は――本書のキモは知識の有無ではないのだ。はい、ここ大事ですよ。
謎解きの場面で九鬼が解説する特定の知識や情報は、たとえ唐突に思えたとしても、実は決して唐突ではない。事件が起きた。清長が九鬼に泣きついた。その段階で、すでに読者には充分なヒントが与えられているのだ。
具体的に書くとネタばらしになるのでボカすが、どの話も、読者が無条件に前提として信じている部分に、その「特定の知識」が介入する。つまり読者が第一に挑戦すべきは、「ここが怪しい」という部分を正確に見抜けるか、正しい疑問を持てるか、なのだ。それは「知っているか否か」よりも、高度な思考を必要とする行為である。なんとも刺戟的ではないか。
そして九鬼が特定の知識を持って解説したあと――本書のポイントは、ここだ。謎が解かれた後、それをどう処理するか。謎を解く以上に、こちらに物語の重点が置かれている。消えた仏像の「真相」がわかったとき、九鬼はただそれを説明するだけではなかった。革命を考えているはずの共産主義者の「真相」は、そこにひとつのドラマがあった。訪問販売員失踪事件では、九鬼はわざと動かなかった。
つまり本書は、知識を持っているだけではダメで、それをどこで使うか、どう使うかというところにこそ眼目があるのだ。あるときには知性は人を救い、またあるときには人を応援する。さて、どうやって? 知識を問うだけなら、それこそ雑学本でも読んでいた方がいい。その知識の使いどころという点にポイントをずらすことで、だれしも膝を打つエレガントなミステリになっているのである。
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