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豊富なネタとコミカルな登場人物たち、痛快ユーモアミステリ誕生!

豊富なネタとコミカルな登場人物たち、痛快ユーモアミステリ誕生!

文:大矢 博子 (書評家)

『ホテル・コンシェルジュ』 (門井慶喜 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 固定観念を疑う(というだけでもネタばらしに近い気がする)という思考実験を経て、九鬼の解説により「そういうことだったのか」と納得するとともに新鮮な知識に触れ、事件の落とし所をどこにするかで物語としてのドラマを作り上げる。本書は三段階のサプライズとカタルシスを与えてくれるのだ。

 さらに、これも多くの門井作品に共通する特徴だが、著者は短編の中にもメインの謎だけではなく、細かいネタを仕込んでくる。たとえば第一話の最後で、タクシーに乗り込むあき子伯母を見た麻奈と九鬼の会話を読まれたい。思い込みが覆される快感と、何気ない一言が思わぬ伏線になっていたことに気づくだろう。テクニカルな本筋の謎とは別に、読者の心をくすぐるエピソードが縦横に走っている。それらは独立しているわけではなく、ひとつのテーマに結びつく。

 それだけの情報と仕掛けを、著者はユーモラスなキャラクターとコミカルな展開の中に落とし込んだ。さらりと読めて、けれど新鮮な知識に触れ、それをどう使うかを堪能できる。なのに決して詰め込まず、描きすぎず、充分な余白を残した明るいエンターテインメントに仕上げた手腕は見事と言っていい(『人形の部屋』(創元推理文庫)と読み比べると、その余白の違いがわかりやすい)。

 その余白が、ユーモアである。ユーモアとは、温かな視点と的確な距離感から生まれる。ユーモアミステリにしたことで構成にゆとりが生まれ、前述の三段階がクリアになった。その中で、知性という大きな大きな存在が、のびやかに、しなやかに、自在に形を変えて読者を包む。本書もまた、門井慶喜の「知」の魅力に満ちた作品になっているのである。

 本書のキモは知識の有無ではない、と書いた理由はそういうことなのだ。

 

 麻奈と清長の対比など、登場人物の関係にも触れたかったが紙幅が尽きた。それは本編でお楽しみいただくとして、最後に著者の情報を。

 デビュー以来ミステリを主戦場としていた門井慶喜は、二〇一三年刊行の『シュンスケ!』(KADOKAWA)を機に、歴史小説へと舵を切った。榎本武揚を描いた『かまさん』(祥伝社)や『新選組颯爽録』(光文社)など、おもに幕末~明治を舞台に、精力的に作品を発表している。従来の本格ミステリの中でもモチーフにまつわる歴史の話が頻繁に出ていたこともあり、転向というよりも表現の手法を広げたと捉えた方が正しいだろう。

 ミステリからも離れたわけではなく、明治時代を舞台にした『東京帝大叡古教授』や、美術品と歴史を絡めた『注文の多い美術館』(文藝春秋)など、衒学的な歴史ミステリというジャンルが著者のお家芸となりつつある。

 歴史小説であってもミステリであっても、そこには「知の力」がある。「知の力」を言葉で表現し、物語のテーマを読者に届けるという著者の姿勢が伝わる。読後、少し自分が豊かになった気がする。それが門井慶喜の小説なのだ。

ホテル・コンシェルジュ
門井慶喜・著

定価:本体670円+税 発売日:2015年10月09日

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