書評

日本の近代建築に秘められた
豊饒な「物語」

文: 奈良岡 聰智 (京都大学准教授・日本政治外交史)

『ぼくらの近代建築デラックス!』 (万城目学・門井慶喜 著)

 昨年から今年にかけて、イギリスで在外研究を行う機会に恵まれた。ロンドン南郊のノーブリーという街で一年間暮らしたが、大家から、一見ごく平凡な下宿の建物が、百年以上前に建てられたものだと聞いて驚いた。言われてみれば、下宿の周囲にも、駅舎、商店街、警察署など、重厚な赤レンガの建物が多く、建物の正面には、 「Founded in 1901」という風に、20世紀初頭の年代が建築年として刻まれている。石造建築が主流で、地震がなく、空襲の被害も大きくなかったロンドンでは、百年以上前の建築物は決して珍しくないのだ。

 ヨーロッパの大都市には、どこでも博物館さながらに歴史的な建造物が建ち並んでいるが、ロンドンもその例外ではない。エリザベス女王が住まうバッキンガム宮殿。ビッグ・ベンの愛称で親しまれるイギリス議会。ブランド店が軒を連ねるショッピング街リージェント・ストリート。ロンドンの中心部を歩くと、次から次へと素晴らしい建築物に遭遇する。福沢諭吉、夏目漱石ら、ヴィクトリア朝時代にイギリスを訪れた日本人たちは、皆その街並みに圧倒されたが、その有様は、現代の日本人も大して変わらない。

 ヨーロッパの大都市に比べると、日本の大都市の街並みは単調だ。伝統的に木造建築が主流で、近代化の過程でその多くが取り壊された上に、地震や戦災の被害も受け、今では多くが似たようなコンクリート製の建物。機能性を重視した建築物が主流なため、ワクワクする街並み、建物が少ない。

 日本にも、明治~昭和戦前期に建てられたレンガ造りや石造の近代建築は存在する。残念ながら、それらの建物も、多くは規模や荘厳さの点ではヨーロッパにかなわない。日本で重要文化財に指定され、珍重されているような建物が、ヨーロッパではそこら中にゴロゴロしている。私が下宿していたノーブリーは、ロンドンでも全く無名の街で、誰もそこの建築物に見向きもしないが、これが日本にあったら、それなりの観光名所になるかもしれない。逆に、横浜や神戸の有名な近代建築がロンドンにあっても、おそらくさして注目されないだろう。

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ぼくらの近代建築デラックス!

万城目学・著 門井慶喜・著

定価:1628円(税込) 発売日:2012年11月29日

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