(「文庫まえがき」より)
うちには子供が三人いましてね、ぜんぶ男の子なんです。というような話をすると、たいていの人は、
「へえ」
ちょっと目を見ひらいて、
「いいなあ、門井さん。キャッチボールができて」
とか、
「大きくなったら、お酒がいっしょに飲めますね」
とか返してくれます。まあ普通というか、よくある反応です。
万城目さんはちがいました。たしかこの対談の大阪篇のとき、大阪城天守閣へと向かう公園の道で、
「うちには子供が三人いましてね。ぜんぶ男の子」
と打ち明けたら、万城目さんは、
「へえ」
ちょっと目を見ひらいて、
「いいなあ、門井さん。ゆくゆく死の床で毛利元就になれますよ」
「も、毛利?」
「ほら、三人の子をあつめて教えを諭したっていうエピソード。一本の矢をぽきっと折って、三本の矢はたばねたら折れなくて、お前たち仲よく毛利家をまもってゆけい、みたいな。あれ実践できるじゃないですか」
横で聞いていた編集者やカメラマンがくすくす笑いだしたのは言うまでもありません。私もくすくす笑いました。しかしそれにしてもこの反応の速さ、快活さ、ユニークさ。すごいですよね。この人は、脳につばさが生えている。
こういう特殊能力のもちぬしと全国あちこちの近代建築を見まわる機会にめぐまれたのは、私には生涯の痛快事です。それはそれは楽しかった。いや、まだまだ過去のことにはしたくないから「楽しいことです」と言いなおしますが、とにかくどんな建物、どんな施設をまのあたりにしても万城目さんの口からは機知のひらめきが繰り出される。ぱっと見てぱっと返す。秒速何回というレベルです。おかげで私は安心して機知とは正反対の方向性、つまり情報性を追求することができました。
情報性というのは、ここでは話題の提供くらいのことですね。そのさい、ひとつ気をつけたのは、
――なるべく人間の話をしよう。
ということでした。窓のかたちがどうのこうの、装飾の様式がどうのこうのという話ももちろんおもしろいし、実際たくさんしていますが、建築家の話はさらにおもしろい。辰野金吾には人生三大ばんざーいがあるとか、安井武雄は東大の卒業制作がきっかけで満州へ飛ばされたとか、山口半六はおのれの死病を知ったとたん猛烈に仕事をしだしたとか。
むろん建築家だけじゃありません。ほかにも施主、大工、政治家、華族、軍人、小説家……ひとつの建築物のまわりにはじつにさまざまな人がいます。逸話と物語の宝庫です。せんだって亡くなった自動車評論家・徳大寺有恒には「クルマの楽しみというのは、結局は人間の楽しみなのである」という名言がありますが、建築もおなじ。やっぱり人間の楽しみなんです。私はそれに忠実であろうとしました。ささやかな青雲のこころざし。かもしれません。 予備知識はいりません。どうぞ手ぶらで本書へ。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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