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『赤絵そうめん』解説

『赤絵そうめん』解説

文:諸田 玲子 (作家)

『赤絵そうめん とびきり屋見立て帖』 (山本兼一 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 念願叶って、一夕、山本さんと食事をしながら心ゆくまでお話ができたのは、二〇一一年の秋だった。京都のとある料理屋で、安部龍太郎さん、某出版社の編集者二人をまじえて、私たちはよく食べよく話した。このときの山本さんは饒舌で、心地よい酔いに目元を赤らめ、小説について熱く語っていらした。

 それから半年ほどして、今度は全く偶然に、京都の四条河原町のバーで再会した。私は週刊誌の撮影、山本さんは編集者との打ち合わせ、双方が仕事を終えたあとで出版社の担当者数人と一緒だった。あとから聞いたところでは、この頃はすでに体の不調を訴えておられたそうだが、そんなこととは知らない私は、山本さんのお顔を見て「こんなとこで会えるなんてうれしいね~」とひとりではしゃいでいたものだ。

 寡黙なときも、熱く語っているときも、体調がすぐれないときでさえ、山本さんのまなざしは柔和に見えた。もし腹を立てているところや嘆き悲しんでいるところに遭遇したとしても、やっぱり眸の奥にはあの泰然とした、物柔らかな光が宿っていたのではないかと思う。なぜなら、そうでなければ人やモノ、事象の本質をとらえることは不可能で、あれだけの小説を書くことはできなかったはずだから。

「とびきり屋見立て帖」シリーズにはそうした山本さんの、山本さんらしさが詰まっている。骨太な歴史物を得意とされる山本作品の中では唯一の市井物、軽妙洒脱でほのぼのとした短篇集である。オール讀物で連載がはじまったときは、「へえ、こういうものも書かれるのか」とちょっと意外に思ったものだ。が、そこは山本さんの面目躍如で、茶器や掛け軸など玄人はだしの骨董の知識や、新撰組や坂本竜馬、桂小五郎まで登場する歴史への造詣、殺伐とした幕末の京都を平凡な一夫婦の目から活写する趣向に舌を巻き、毎回、つづきが楽しみだった。

 なにより心をゆさぶられたのは、モノに対する山本さんの眼力の確かさと愛着の深さである。高価だから名品だからではなく、モノにこめられた歴史や人の思いを見抜く真摯なまなざしが読者を感動させる。山本さんを知っている人なら、だれもが「とびきり屋」の真之介に作者の姿を重ねて読まれるにちがいない。

 本書の中には印象にのこる台詞がたくさんある。

「きれいな商売してたら、きっとうまいこといく。世の中、ありがたいもんで、そういうふうにでけてる」

「大切にされてた道具を見るのは、気持ちがええもんや」

「こんなことを思いつく人間が住んでるんや。ええ国にならんはずがない」

 登場人物にこうした台詞を語らせる山本さんという作家の、常に前向きで誠実、澄明な心映えが伝わってくる。このまっすぐで清々しい生き方こそが山本さんの真骨頂なのだ。

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赤絵そうめん
山本兼一・著

定価:550円+税 発売日:2014年06月10日

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