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解説――血をまき散らせ!

解説――血をまき散らせ!

文:馳 星周 (作家)

『ホワイト・ジャズ』 (ジェイムズ・エルロイ 著/佐々田雅子 訳)


ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

 厭くことのない妄念、それを作品にちりばめて世界にばら撒こうとする意思。『ホワイト・ジャズ』ではそれは文体となって現れる。

 徹底的に削られ、刻まれ、スラッシュやイコール、セミコロンなどの記号がちりばめられた異様なまでに短いセンテンス。読みはじめはとっつきにくいが、やがて、読む者をその粘着質の世界に取り込んで離さない。読むのを止めることができなくなる。狂乱の渦の中で、主人公・デイヴ・クラインの疾走する姿に自らを重ね合わせていく。デイヴ・クラインと同じように、まわって、落ちていく感覚を味わう。

 呪文――エルロイは自らの妄念を世界中にばら撒くために、それに相応しい呪文を産みだした。なんという作家、なんという妄念。

 この呪文のような特異な文体を産みだした/産みださずにいられなかった執念こそが、エルロイをエルロイたらしめている。その執念こそがエルロイの魅力の全てだ。どれほど歪んでいようと、その純粋さこそ、エルロイ作品がわたしのような人間を魅了してやまない理由だ。それ以外はすべて、付属物にすぎない。精緻なプロット、奥の深い人物造形――そのどれに対しても、エルロイは素晴らしい腕を発揮する。だが、そうしたものを楽しみたいのなら、他の作家の作品を読めばいい。

 エルロイは偉大な作家だ。だが、その偉大さは、彼の執筆テクニックに依っているわけではない。断じて、ない。

* * *

 わたしの手元には、もう一冊、『ホワイト・ジャズ』の単行本がある。何度も読み返され、くたびれきったものとは対照的に、その単行本は真新しく、わたしの本棚に収まっている。表紙を開くと、そこにはエルロイのサインがある――添え書きとともに。

 血をまき散らせ。

 これが、エルロイだ。

* * *

 ここまでの文章を読み返して、わたしはため息をつく。

 エルロイの、それも『ホワイト・ジャズ』のことになると、わたしは常軌を逸してしまう。意味を成さない文章の羅列――独断と偏見に凝り固まった愚か者の遠吠え。

 しかし、それ以外にわたしはエルロイを語る言葉を持たない。エルロイは特別なのだ。泣きたいぐらいに特別なのだ。

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ホワイト・ジャズ
ジェイムズ・エルロイ・著 佐々田雅子・訳

定価:1,170円+税 発売日:2014年06月10日

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