
――本作は『まんまこと』『こいしり』に続く「まんまこと」シリーズの第3弾となります。畠中さんのシリーズものとしては最新刊『やなりいなり』がでたばかりの「しゃばけ」シリーズや、『若様組まいる』など、御一新後の若殿様たちの姿を描いたものがありますが、御自分ではこのシリーズをどのように位置付けておられるのでしょうか。
畠中 「まんまこと」シリーズの最初の作品を書くときには、すでに「しゃばけ」を書いておりました。同じ江戸ものでも、あちらは妖怪やらあやかしやらがたくさんでてくるので、こちらはそういうこと抜きで書こうと思って始めたシリーズです。
――今回も麻之助は町名主名代として、さまざまな揉めごとを捌き、調停してゆきます。お気楽ものであることは変わりませんが、なんだか捌く手腕が上がってきたようにも思えますね。
畠中 町名主はやっかいごとを捌くだけでなく、その後も同じ町内でやっていけるように塩梅しなければいけませんからね。シリーズ3作目にして、その自覚がやっと出てきたのかもしれません(笑)。
――あらためてではありますが、この町名主という立場と、その調停の場が玄関先であることは、とても面白い舞台立てだと思います。
畠中 でも実際に町名主を務めるのは大変だったみたいですね。副業は禁止だし。1、お触れの申し渡しをする。2、人別改めっていう、今でいう、戸籍の調査をする。3、調停、つまり、奉行所へ行くほどでもない揉め事、民事のいざこざを、玄関で裁定する。4、火の元の取り締まり。5、家を売ったり買ったりするとき、町名主と五人組は、証文に加判。こんなことをしていました。
――微妙な立場でもあったんですね。
畠中 町名主は専業でしたので、役料を出す町の方も大変でした。住んでいる住民が少なく、町名主に支払う金(役料)を、負担できない町は、月行事が町名主が行う仕事を、代行していたこともあったということです。
――興味深いですね。今回も従来のシリーズ同様、麻之助と幼なじみの清十郎・吉五郎との友情も描かれています。かれらの立場も絶妙ですね。色男の清十郎は亡くなった父親の跡を継いで麻之助と同様に町名主になったばかり、堅物の吉五郎は養子の同心見習いのまま。それほど堅い立場ではないけれど、それなりのことはもちろんしなければならない――そんな立ち位置が、この物語の面白さにも繋がっていると思います。
畠中 清十郎はめっぽうおなごにもてていますが、そのうち山のように縁談が持ち込まれるのではないでしょうか。いつかは分りませんが、清十郎の女難も書いてみたい(笑)。吉五郎には許嫁がいますが、まだ九歳ゆえ、ほんとうに向き合ってはいませんね。これから時間が経って、あのガチ頭がどのように許嫁と対峙するのか……これは自分でも書くのが楽しみです。
――3人の友情の発露も独特ですね。拳固で殴り合ったり、団子を取り合ったり、家を訪ねて枕元で皮肉を言いながら事件の事情を聞こうとしたり……。
畠中 シリーズの最初に考えたことは、麻之助たち3人が江戸のどこでどんな暮らしをしていたかということです。かれらの住むところの状況をまず決めてから、その毎日の暮らしを組み立てていきました。もしここら辺に麻之助が住んでいたら、こんな感じで清十郎のところに遊びにゆくだろう、というような……。
――そこから3人の友情が自然に育まれていったのですね。
畠中 はい。
大きな変化の理由は
――本作ではシリーズ中最大の変化が起こります。内容に触れてしまうのであまり詳しくはうかがえませんが、今回この大きな変化を物語の中にあえて起こしたのはなぜだったのでしょうか。
畠中 「しゃばけ」シリーズは時間的にあまり動かない曖昧な世界なので、こちらのシリーズははっきり時間を進めようともともと思っていました。どういう形で時間を進めるかということを考えて、今回……あまり言うと内容が分っちゃいますね(笑)。
――答えにくいインタビューになってすみません(笑)。
畠中 少し内容に触れてしまうかもしれませんが、ある資料を読んでいて、江戸の後期に大名家や旗本家で養子をとるケースがあまりにも多くなることに驚かされたんです。つまり「ここまで死ぬのか」というくらい、次々に跡継ぎが亡くなっている。
――そうだったんですか。
畠中 はい。さらに調べてみると、跡継ぎ自体が生まれなかったというケースが、資料を読むと多くて……。比較的平和だった江戸のこの時期に、跡を継ぐということがとても揺らいでいたことを、この資料を読んで、今回の作品の中にぜひ入れたいと思いました。一見平和なところは今と似ているけれど、違うところは全く異なる世界があったことを書いてみたかったのです。
――本作には6つの連作短編が収められていますが、それぞれの作品の中に、1冊の物語全体の結末のための伏線がちりばめられていますね。たとえば「おさかなばなし」の、妻のお寿ずから子が出来たことを告げられて「日の本で一番優しい町名主の跡取りに化けてしまった」麻之助や、幼い息子を探し続ける七国屋松兵衛の姿は、後のことを考えると、とても強い伏線になっていると思います。
畠中 「おさかなばなし」自体は何かで「置いてけ堀」の資料を読んで考えついた作品です。私は一応一所懸命、プロットを考えてから書き始めるのですが、書き進めてゆくと必ず違和感を覚えて、結局何回も修正することになります。書きたい題材や人物をどんどん書いてしまう癖もあって、うっかりすると短編なのにえらく長くなってしまう(笑)。今回も長くなってしまったものは、後から削りました。
――御苦労があったのですね。「お江戸の一番」にも、麻之助がかつて淡い想いを抱いていたお由有と、こんな会話を交わす場面があります。
「麻之助さん、時々幸不幸は運の先にあるような、そんな気がするときがあります」
「運、ね」
畠中 はい。
――この会話も伏線として怖いくらいです。これから起きる出来事など知らないお由有が、幸せかどうかをすでに「運の先」にあるかもしれないと考えている。そしてそのお由有の言葉を、麻之助はさほど深刻には受け止めていない……。
畠中 確かになんだか軽い感じで聞いていますね。
時間や空間を切り取る
――「御身の名は」ではお寿ずと、その幼なじみのお高(志藤高)の微妙な関係が描かれます。同じ武家出身であるのに、それぞれの婚家での立場はまったく異なり、その違いが原因の出来事が起こります。これなどは一つの物語の要素であると同時に、後の事件への見事な伏線になっていると思いました。こういった伏線は、ひとつひとつの物語に意識的に入れていこうと思っていたのですか?
畠中 先ほど少し申し上げたように、私はプロット以前に、登場人物の配置をまず考えるんです。その暮らしの中の面白そうな時間や空間を「切りとって」、そこから物語を起こしてゆきます。だから物事の対応をひとつひとつ厳密に考えながら物語を進める、という書き方では実はないのです。
――特別に意識したことではなかったと。
畠中 そうですね。それにあまり意識的に複数の登場人物の時間や空間を切り取る作業をしてしまうと、話の収拾がつかなくなってしまう(笑)。シリーズも三作目となると、もうすでにたくさんの人物が暮らしていますので……。
――なるほど。
畠中 だから「切り取らなかった」ことも実は沢山あります。麻之助たちはおそらくもっともっと悪さをしているはずだし、もしかしたら高利貸しの丸三から袖の下をもらっているかもしれない(笑)。それは本筋から外れるので、実際の物語には書きませんが。
――確かに麻之助たちは両国橋だけでなく、もっと他の盛り場に繰り出していてもおかしくありませんね。
畠中 そうですね。
――しかし伏線を特別に意識されなかったにせよ、本作は連作短編の1話1話だけでなく、単行本全体としての物語性がとても強いものになっていますね。幕切れの切なさは、シリーズ中随一のものだと思います。
畠中 確かにこういう形の結末を迎えたのは、自分でも初めてですね。書いている最中はテーマ云々ではなく、どうやって読者を話に引き込めるか、どうやって読者の暑さ寒さを忘れさせることができるかということばかり考えるので、書き上がったものがこういう形になったことは自分でも意外に思っています。
――『まんまこと』『こいしり』のシリーズ前2作と、繋がっているところはもちろんありますが、違う味わいがありますね。
畠中 そうですね。でも本というものは、シリーズ中の1冊であっても、1冊1冊で異なるカラーがあると思います。たとえば「しゃばけ」シリーズの『やなりいなり』は、1作ごとにレシピがついていますが、そこまではっきりした形でなくとも、独自のカラーは必ず単行本ごとに出てきます。それはどちらかといえば作者が特別に意識して出てくるようなものではないと思いますが……。
――自然にでてくるようなものなのでしょうか。
畠中 そうかもしれません。1番いいのは作者が何も干渉することなしに、本の方で勝手に仕上がってくれることでしょうけれど(笑)。
――それは理想かもしれませんね(笑)。ところで先ほど、本作の中の大きな変化の理由を「時間をすすめるため」とうかがいました。
畠中 はい。「しゃばけ」シリーズのように時間のことをあまり意識せずに書く作品はもちろんあるのですが、「まんまこと」シリーズに関しては話を進めるため、時間も進めなければなりません。唐突に終ってしまうのであれば別ですが、このシリーズはこれからも続けて書いていきたいし、読者にも続けて読んでもらいたい。だからあの変化を起こすことは必然でしたが、雑誌の連載担当者にはじめてこのことを伝えたときは、「かわいそうだからやめましょうよ」と言われましたが……。
――確かにこの変化に読者は驚くかもしれませんが、ラストシーンの麻之助の言葉などを読むと、強烈にこの先が読みたくなると思います。
畠中 読んだ方もそう思って下さればよいのですが。
――実はすでに続編は『オール讀物』誌で開始されていますね。これもあまり詳しくはうかがえませんが、今後の展開としては、どういったことをお考えでしょうか。
畠中 あまり詳しくはお答えできませんが(笑)……変化による痛手を受けた人間が、徐々に回復していく様子をまず書きたいですね。
――相当なダメージでしたからね。もしかしたら回復には時間がかかるかも知れません。
畠中 でも回復が進んでくれば、周りの人間が必ずちょっかいを出してくるはず。どんなちょっかいが出されるかというと……あまり言うと内容が分っちゃいますね(笑)。
――答えにくいインタビューになってすみません(笑)。
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